英雄を知らない少女。

二百九十話。 ページ41

陽太side

　

僕には、生まれてからこの病院に入るまでの記憶がない。

気がつけばこの病院にいて、たった一つ、姉ちゃんがいるということだけ、覚えていた。
姉ちゃんは優しい人だ。

見舞いに来てくれて、僕の様子を心配してくれる。

そのうち、姉ちゃんに負担を強いていることに気づいた。入院費はばかにならない。
手術代だってあって、僕に退屈しないようなものも買ってきてくれて、生活に必要なものだってある。

子供は働けない。

だけれど、姉ちゃんはいつだって色んなところで働いてお金を工面していた。

敵のところに身をおいていることも知っていたし、それに本当に無理をしていた。僕はどうすればいいのかわからなかった。

やめてと言ったときもある。

でも姉ちゃんはいつだって、笑って大丈夫だという。
いつか、病気が治って元気になればいい。

そう言って、また働きに行く。

そのうちにこの人にこんな言葉は届かないことを理解して、病気を治して、少しでも姉ちゃんの負担を減らそうと努力した。

何年もかけてやっと治った病気はもうどこにもない。

リハビリ期間も長かったけれど、これでもう普通の生活に戻れると言われた。
やっと、姉ちゃんに恩返しができる。

僕がずっと、姉ちゃんの重みだった。そんなことはよく理解している。もう、なにもないんだから逃げてしまえばいい。僕たち二人だけで生きていければいい。

甘い考えなのかもしれないけれど。

でも、それでも。


姉ちゃんはヒーローをとても職業的だと言った。
姉ちゃんはどこかヒーローを嫌っているように見えた。

僕は、こんな世界ならいらない。

　
姉ちゃんが幸せならいい。

それでいい。
僕たちだけで生きられたら。それはきっと、幸せってやつなんだと思う。

もう少しで姉ちゃんが来る。

今日で入院生活も終わる。


僕は姉ちゃんと一緒にこの病院を出る。

こんな世界、投げ出してしまえ。

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