酔いどれ貧民 ページ3
「ピエモンテ･バルベーラを一本。あとはつまみを少し、早めに頼む」
跳ねた赤毛を苦しそうにかきあげ、アイスブルーの目を厳しく細めた青年、靴磨きのアーサーは。
カウンターに座るなり、待ちわびていたかのようにすらすらと滞ることなくオーダーを決めた。
「お釈迦になっても知んないわよ！」
「肝臓の一つや二つ！美酒に貢いでやるよ」
「死ぬまで言ってなさいな」
「はは」
アーサーは酒を煽って、肩をけたけたと揺らした。
手には空瓶。その顔は既に散々に火照っており、笑い上戸には拍車がかかっていた。酔いきっていることは、誰にでもわかり得ることだ。
酒屋の看板娘、パトリッツァは、真直ぐな眉を八の字に引き上げ呆れる。
「アーサーったら、ただでさえ貧しい癖に、金が出来たら、ここで全部使ってっちゃうんだから…」
「ったりめーだ…飢えや寒さに虐げられるより、酒を飲めないほうがつらい」
ダークグリーンの空瓶に、すりすりと頬を寄せるは、四捨五入すればかろうじてハタチ、ちゃっかり未成年飲酒のアーサー。
「それは空きビン。ママンのお胸じゃないのよ」
「バルベーラ…愛しい奴だ、お前はよ」
シラフでは中々見れない姿にパトリッツァは口端を綻ばす。随分と情けない顔を晒して、ぬいぐるみのように瓶を抱えてカウンターに突っ伏している。口端から涎をてろんと垂らして。カウンターごしに肘をつきながら、悪酔い男を観察していたパトリッツァは、ひっそり口端を歪めた。
「アーサー…今日は…だいぶと酔ってるわね？閉店までには出ていきなさいよ」
「酔ってねええ〜よ」
「って言うのは酔ってる奴の常套手段よ」
パトリッツァはアーサーの尖った鼻を仕置きにつまむ。すると、ほぁ、と吐き出した息のなんと酒臭いこと。パトリッツァは顎を引く。
「アンタがもう少しブ男だったらビンタしてたとこよ！」
「いっ゛！ビンタしてんじゃねーかあっ」
「あっはっは」
「パトリッツァ」
「嘘、ウソ。冗談冗談。とってもハンサム、男前、色男」
「はは、俺ぁジャルドーレいちイイ男だからな、はっはっは」
「つけあがってんじゃないわよ」
パトリッツァは、とどめを刺すようにチョップした。ごづっ、アーサーの石頭がテーブルに沈む。そして間もなく、安らかな寝息がきこえてくる。
パトリッツァは沈んだままの男の赤毛を梳く。手入れしていないだろう髪は、細っこい毛がすぐ絡まった。はっきりとした、愛嬌のある眉を歪めた。
「バカね。嫌いじゃないわ」
続く
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