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原始、女性は ページ34

終業のベルなどとうの昔に鳴った。陽はとうの昔に沈んだのに明かりのない廊下で困らないのは、満月が煌々と輝いているからだろう。
 就業時間中は会議や相談、たまにイタズラやドッキリで騒がしい──1年前までヴァイスがいた詰所の前も、しんと静まりかえっていた。
 当たり前だ。「ダラダラ残ったってどうせ終わらねえんだから帰れ!!」と残業を大幅にカットさせたのはヴァイスだった。しかしまだ煩雑な業務を突っ返すことは出来ていないため、こうして彼が現在割を食っているのだが。
 それでも良かった。なぜなら統括役に就任したいま、彼は今後二度と命の危機と隣合わせになることなどないだろう。それに引き換え、昇華隊員達は訓練に任務と多忙なのだ。そこに、「有能だから」といって無駄なデスクワークまで押し付けていい道理はない。
 不条理はちょっとずつ変えないとなぁ、とこれまで三ヶ月やってきたものの、その効果は微妙である。けれど──自分にできることは、もうこれくらいしかない。
 なんとなく心が擦り切れそうに感じた彼は、細く、長いため息を──
 
「ヴァー君っ!!」
「うわあああああ!! ってフィオナか……驚かせんな心臓に悪い……今何時だと思ってんだ……」
 
 後ろから柔らかい衝撃。自分の世界から急に引き戻されたヴァイスは、その驚きのあまり、振り返った拍子によろめいた。生活に苦労はしないものの、こういう時の対応には義足はまだ慣れていない。そのまま倒れ込みそうになった所を、「ごめんってば」とフィオナに支えられた。同期であるとはいえ、彼女に。何か申し訳ないような、後ろめたいように感じたヴァイスは、「悪い」と小さく呟いた。
 
「何でこんな時間に、って? そりゃあヴァー君に用があったからよ」
「そんな急用だったのか? だったら俺の仕事部屋まで来りゃ良かったのに」
 
 そうヴァイスが言うと、フィオナは面白くなさそうに唇を尖らせた。薄い亜麻色の髪が、青白い月光を浴びて不思議に光る。
 
「ダメよ。だってヴァー君ってば、今日一日中銘君と一緒だったでしょ」
「ああ、それはあいつが必要最低限の仕事そっちのけで蟻の観察始めたから。終わるまで軟禁してただけだ」
「笑顔でえげつないこと言うわねぇ……銘君、可哀想」
 
 それでね、と彼女は半身を折って頭の位置をヴァイスの胸の辺りまで下げる。そして、上目遣いで彼を見た。
 
「デート行かない? 明日」
 

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紫清(プロフ) - 桐箪笥さん» なんですかねそれ尊すぎやしませんか?? そしてそれを桐箪笥さんが書いてくれる、と……(控えろ) (2020年1月1日 0時) (レス) id: 840643cfcd (このIDを非表示/違反報告)
桐箪笥(プロフ) - 紫清さん» なんだかその後に早朝、神社などに思った訪れて御籤を引いてみんなで甘酒でも呑むのかな…と想像してしまいました。ごめんなさい、つい…想像が止まらない… (2019年12月31日 23時) (レス) id: c5094549cd (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - 桐箪笥さん» グレイくんはそういう所Z要領良さそうだなと思いまして笑 私も、彼らの幸せそうな姿が書けて楽しかったです! (2019年12月31日 22時) (レス) id: 840643cfcd (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - くろせさん» ありがとうございます! 昇華隊の野郎共はいいですよね!!(負けじと大声) (2019年12月31日 22時) (レス) id: 840643cfcd (このIDを非表示/違反報告)
桐箪笥(プロフ) - グレイ…とことんやるだけやって責任放棄ですか、そうですか← 幸せそうなみんなが見れて感無量です! (2019年12月31日 22時) (レス) id: c5094549cd (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:紫清 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2019年5月14日 23時

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