寒いね。 ページ25
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村「すまん、遅れたか？」
『ううん。なんか飲む？』
村「水だけもらうわ」
『ん。あがって』
約束をしたデート当日。
仕事の時みたいなオールバックの髪に高そうなグレーのスーツを着込んで、お洒落なネクタイを垂らすその姿は、私の知らない信ちゃんだった。
『かっこいいやん、このスーツ』
素直に褒めると、ぱあと顔が綻んだ。
村「ホンマか？」
『うん。似合うてる』
村「そうか」
あからさまにご機嫌になった彼が可愛い。
飲み物を探して冷蔵庫に向かうと、「なあ」と声をかけられた。
村「この服なんや？」
『ん？』
コップに水を注いでから振り返ると、信ちゃんの手には黒い布が握られていた。
見た途端に、何か忘れている気がしていた、その原因を思い出す。
『あー、そや。なおすん忘れてたわ。今日着ようかなって思てたワンピ』
村「ほぉん」
グラスを受け取って、彼は小首を傾げた。
村「なんでやめてん」
『あー……いや、』
気を遣わせるこの理由を言っていいものか逡巡したせいで、出てきた声は普段の私からは想像もつかないくらい小さな声だった。
『………から』
村「えぇ？聞こえへん」
『義足。見えてまうから。顔さすやろ、さすがに』
せっかくの外食なのに、私のせいで信ちゃんが騒がれたらいたたまれない。
そう思って、足の見える可愛らしいこのワンピースをやめて、今着ているロンパースを選び直したのだ。
着替え終えたところで信ちゃんが来たものだから、すっかり存在を忘れていた。
『なおしてくるわ。かして』
布切れを受け取ろうとすると、ひょいと躱された。
『え？』
村「これにしときぃな。今日行くん、貸切のちっさいバーやからそんなん気にせんでええよ」
『いやええわ。別にそんな着たいとかもないし』
村「でも俺とおる時に着いひんってことは、他の奴と出かける時なんかもっと気遣うやろお前」
『それはそやけど』
村「服が可哀想やないか。せっかく綺麗な子に着てもらえるはずやったのに」
『………ほなお言葉に甘えて着替えるわ』
さりげない褒め言葉はスルーし、信ちゃんの背を追い立ててリビングから追い出す。
再び袖を通したワンピースは、さっきより少しだけ軽くなっている気がした。
『着れた』
村「ほいほい」
スタスタと部屋に入ってきた信ちゃんは、キラリと表情を明るくした。
村「可愛いな」
『左様で』
照れ隠しにグラスを洗い始めると、それを知ってか彼は薄く笑った。
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作者名：藻くずちゃん | 作成日時：2022年9月28日 16時
