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 無性に嫌な予感がして慌てて部屋に上がり込む。廊下の突き当たりにあるドアを開けると、彼女は異様な気配を纏いながら、部屋の真ん中で座り込んでいた。俯いていたその顔が、ゆっくりとこちらを振り向く。


「こう、へ……」


 振り向いた彼女の表情には色が無かった。何よりも異様だったのは――手首に押し当てられた、鈍色で――。


「ッ、馬鹿……!」


 慌ててその手に握る物を奪い取って投げ捨てる。ゴトンと鈍い音を立てて包丁が床に落ちた。鈍色が押し当てられていた肌を見ると、そこは綺麗な白磁の色のままだった。とりあえず最悪な事になってはいなくて安堵する。でも、だけど。


「A、何でこんな事……!」
「だって……、だって、航平が来なくて、一人で、怖くて、連絡もつかなくて……、どうせ死んじゃうなら、いつだって同じだろうって……」


 ひたすら泣き腫らしたのであろう彼女の目は、ウサギみたいに真っ赤になっていた。


「A……」


 彼女の肩はこんなにも小さかっただろうか。そりゃあ俺よりはずっと小さな身体だったけれど、だからと言ってこんなにも弱々しくは思った事など無かったのに。


 カタカタと震える肩を掴み、華奢な身体を抱き締める。ああ、どうしてもっと早く来なかったんだろう。否、それどころか昨日も一昨日も、ずっと一緒に居てあげれば良かったのに。


「なあ、A。これは俺のエゴだよ。ただの俺の我儘だ」
「航平……」
「どうせ死ぬよ。皆、今日死ぬ。そんな事は分かってる」


 今日、世界は終わる。皆、等しく終焉を迎えるのだ。何よりも自明だった。


「それでも、そんな分かり切ってる話でも……自分からこんな事、するなよ」


 彼女はこんなにも弱い人間ではなかった筈だ。死が迫る極限状態の恐ろしさを改めて感じさせられる。


 俺の腕の中に収まった彼女が、ひっく、としゃくりあげた。すすり泣きのようなその声は、やがて悲鳴のような嗚咽に変わる。泣いて、泣いて、それでもまだ足りなくて。胸の内に秘めていたどうしようもなくどす黒い気持ちを、全て吐き出すかのように、彼女は泣いた。

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奈都(プロフ) - さっちいさん» 名作第一位更新とのありがたいお言葉で恐縮です。一年半以上も前に書いた作品ではありますが、こうして新たに読んで頂けてとても嬉しいです! (2021年8月6日 23時) (レス) id: 1ea9b7d420 (このIDを非表示/違反報告)
さっちい(プロフ) - 私の中の名作第1位更新しました…すごく好きな作品です! (2021年7月29日 10時) (レス) id: ebeed9cbc6 (このIDを非表示/違反報告)
奈都(プロフ) - 清華さん» ありがとうございます。悲しい終わりではあるのかも知れませんが、それでも各二人にとっての幸せの形を描いたつもりでいます。泣いて頂けたら嬉しいな、と思いながら書いていたので本望です…! (2020年4月8日 22時) (レス) id: 1ea9b7d420 (このIDを非表示/違反報告)
清華(プロフ) - 一気に7人分をworld endを見ますた...心痛いですよ、めっちゃめちゃ泣きました、もうきついです(笑) (2020年4月1日 16時) (レス) id: 1c085b2c66 (このIDを非表示/違反報告)
Hërø(プロフ) - 奈都さん» 夢は大丈夫だったのですが時々それぞれのメンバーの最後を思い出してグッときてます笑 (2020年1月3日 1時) (レス) id: 7ab3904f14 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:奈都 | 作成日時:2019年12月9日 20時

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