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 数秒か、数十秒か。黙ったまま抱き締め合っていた俺たちだったが、やがて彼女が俺の胸に埋めていた顔を上げた。かつて見た事の無いほど真剣で、それでいて不安そうな表情で。


「あの……川上さん。お願いがあるんです」
「お願い?」
「私の事、下の名前で呼んでくれませんか」


 彼女がこんなにも切実な響きを持った声で話すのは、もしかすると初めて聞いたかも知れない。
 これが平常時だったならきっと、いきなり下の名前で呼ぶなんて気恥ずかしい、とかそういう思いも浮かんだんだろう。だけど今日はもう、残された時間が無いから。


「――A」


 驚くぐらい自然に彼女の名前を呼べた。すると彼女は一瞬だけ目を大きく見開いて、すぐに笑った。その瞳の端にじわりと涙を滲ませて。


「あは。凄い奇跡。川上さんが私の名前呼んでくれるなんて。人間、生きていればいい事があるもんですね」


 涙を浮かべながらも微笑む彼女が驚くぐらいに綺麗で、思わず目を瞠る。直後、うっかり見惚れてしまった自分が少し恥ずかしくて、誤魔化すように彼女の髪をわしゃりと乱した。


「名前呼んだぐらいで泣くなって」
「ごめんなさい。でも、だって、最後の日にこんな嬉しい事が起きると思わなかったから。止まらなくて」


 彼女の両目から溢れた雫が、ぽろぽろと頬を伝って落ちていく。落ち着かせようと形の良い頭を何度か撫でるが、なかなか止まらないらしい。


「……とことん感情豊かやなぁ」


 独り言のように小さく呟くと「それが私の長所ですから」と返ってきた。

 

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奈都(プロフ) - さっちいさん» 名作第一位更新とのありがたいお言葉で恐縮です。一年半以上も前に書いた作品ではありますが、こうして新たに読んで頂けてとても嬉しいです! (2021年8月6日 23時) (レス) id: 1ea9b7d420 (このIDを非表示/違反報告)
さっちい(プロフ) - 私の中の名作第1位更新しました…すごく好きな作品です! (2021年7月29日 10時) (レス) id: ebeed9cbc6 (このIDを非表示/違反報告)
奈都(プロフ) - 清華さん» ありがとうございます。悲しい終わりではあるのかも知れませんが、それでも各二人にとっての幸せの形を描いたつもりでいます。泣いて頂けたら嬉しいな、と思いながら書いていたので本望です…! (2020年4月8日 22時) (レス) id: 1ea9b7d420 (このIDを非表示/違反報告)
清華(プロフ) - 一気に7人分をworld endを見ますた...心痛いですよ、めっちゃめちゃ泣きました、もうきついです(笑) (2020年4月1日 16時) (レス) id: 1c085b2c66 (このIDを非表示/違反報告)
Hërø(プロフ) - 奈都さん» 夢は大丈夫だったのですが時々それぞれのメンバーの最後を思い出してグッときてます笑 (2020年1月3日 1時) (レス) id: 7ab3904f14 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:奈都 | 作成日時:2019年12月9日 20時

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