99話 ページ3
「なんか、ごめんなあ?」
「いえ………大丈夫っす…」
優しい手つきで数度背中をさすられて、ようやく俺も落ち着いてきた。
吐瀉物は近所の方にホースを借りて、どうにかして綺麗さっぱり流しきった。さすがにあれを放置して帰るだけの度胸は無かったし、日焼けの眩しい彼もなんやかんや手伝ってくれた。どうやらいい人そうで安心する。最初恐らく俺を心配して声をかけてくれたんだろうし…
ただ飛び退きながら「何してんねん!?」と叫んでいたのは聞き逃さなかったけれども。お前のせいだばかやろー。
がんがんとした頭の揺れはまだ収まる気配は無いが、腹の中身を出してすっきりしたので幾分か気分は楽になった。
落ち着くために座った歩道の向こう側には海が見える。フェンスの仕切りに寄りかかり、潮風を浴びるのが心地良い。遠くで船が汽笛を鳴らす音も聞こえる。
俺の面倒を見てくれたその人は、自分の名前を「アントーニョ」と名乗った。
「ほんとはな、アントーニョ・ヘルナンデス・カリエドっちゅう名前なんやけど、長ったらしいしなあ。」
だからアントーニョでええよ!と白い歯を見せて笑うその人は笑顔が眩しい。くっ、歯が輝いている。
茶色の柔らかそうなくせ毛に新緑を溶かしたような綺麗な瞳、焼けた肌、男らしく逞しい腕。痩せ型に見えるが案外がっしりとしている様子。そんな彼の仕事を尋ねると、農家さんだそうだ。どうやら畑仕事からの帰りらしく、服や靴にはところどころ泥はねが模様を作っていた。
「あんたの名前は?」
「あ、俺、Aっていいます。橘A。」
「あ、もしかして自分生まれはごっつ東の方やろ、その名前からして。」
「よく分かりましたね?」
「商売相手が海の向こうにもおってなあ。そいつもそんな感じの名前しとったわ。」
どうだ、とでも言わんばかりの表情に、若干警戒していた感情も解けてゆく。
アントーニョは俺にその右手を差し出した。どういう意味なのかわからずに首を傾げたが、この動作が示す行動は一つしかない。慌てて彼の手を掴むと、そのままぶんぶんと数度振られた。
「ま、これで会ったのも何かの縁やろ!またタチバナちゃんが酔っ払ってるかもしれへんしな!」
「さすがにこのレベルはもう勘弁したいっす…」
よろしく、と笑うアントーニョの髪が太陽に照らされてキラキラと光る。
俺はこんなに神様に愛された人間がいるのかと、ただ彼を見つめていた。
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ミチル - ID違うんですけど一応同一人物です、、、! (2022年9月15日 7時) (レス) id: 4511edeaa7 (このIDを非表示/違反報告)
ミチル - 初コメからしばらく経ちましたが未だに見に来てます。とても面白いし、この作品の続きを楽しみにしている人もいると思います!私はいつまでも続きを待ってます! (2022年9月15日 7時) (レス) id: 4511edeaa7 (このIDを非表示/違反報告)
ミチル - 初コメ失礼します。凄い面白くてあっという間に読んでしまいました!更新楽しみにしてます! (2022年8月3日 23時) (レス) id: e447b7200f (このIDを非表示/違反報告)
そうる(プロフ) - 山口さんさん» 四年も前の二次創作に心温まるお言葉をくださり、ありがとうございました。 (2022年7月9日 22時) (レス) id: 4692de9cf0 (このIDを非表示/違反報告)
山口さん(プロフ) - ただただこのそうるさんのひとつひとつの表現が好きです (2022年4月30日 2時) (レス) id: 218fc2ba1d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:そうる x他1人 | 作成日時:2018年1月9日 17時