umbrella ページ6
優雅に、そして乱暴に階段を駆け下りた智は、グラウンドから屋内に帰って来る生徒の群れをすいすいと避けて下駄箱の方向へ向かう。
「いってぇな」
「すいませんっ」
人の流れと逆向きに進むのは難しいもので(その場の空気の流れにだって逆らったことがなかったのだ)俺は何度も誰かとぶつかりながら、その華奢な背中を追った。
智が下駄箱を上履きのまま通り過ぎて、傘もささずに雨の中に出ていく。
「ちょっと何やって…!」
濡れるよ、と大声で呼び戻すのが常識的だと思って、そうしようとしたのにできなかった。
制服を濡らした智の口元が、薄い微笑を湛えているのに気が付いたからである。
もう誰も、下駄箱にはいなくなっていた。
俺は屋根のあるぎりぎりのところまで進んで、濡れながら佇むその人に目をやる。
智は、目一杯首をうしろに折って上を向くと、頬を叩く雨粒に 心底気持ちよさそうに目を細める。
小ぶりな口が開き、舌で落ちてくる雨を拾って 喉仏がそれを慈しむように上下した。
ほぅ…と母に抱かれた子どものように柔らかなため息をつき、目を閉じる…。
俺はその光景を、ただ見ているしかできなかった。
声もなく立ち尽くしていると、目を開けた智が今度は腕を伸ばし、手を器の形にしてそこに雨水を溜める。
そしてそれをゆっくり上に持ち上げていくと、傾いた器から腕の方に向かって、透明な雨粒は流れていく。
程よく筋肉のついた腕を、つう…と滑っていく幾筋もの水。智はそれを、恍惚とした表情で見つめていた。
そのあとも、緩まったネクタイをさらに緩め、シャツの首元をあけてそこから雨を入れたり、ぶんぶんと頭を振って金色の髪からほとばしる粒を楽しんだり、目に雨粒を入れて涙みたいに目の端から流したり…
たぶん智が思いつく限りの すべてのやりかたで、雨を堪能していた。
綺麗だと思った。
まるで よくできた映画を見ているみたいで、雨が智のために降っているような気さえした。
こんなことを言うのは馬鹿げているって分かってるけど、雨を避けている俺よりも、雨に打たれている智の方がよっぽど 自然なんじゃないかって思えてくるほどに、そのときの彼は不思議な魅力と吸引力を持っていた。
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年4月19日 0時