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summer vacation ページ49

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8月のおわり。


カレンダーを見ても、ぐにゃっと歪んだりしなくなった。

あんなに自分を掻き立てていたピアノの存在が、恐ろしいものではなくなって

気分が乗れば流行りのポップスをアレンジして弾いたりした。

クラシックを、感情的に弾く気には、どうしてもなれなくて。


「あらぁ、最近 指がお留守だね?」とさして気にする風でもなく言った母が置いていった、

冷たい麦茶を飲みながら、

溜めていた夏休みの課題をノロノロと終わらせていた。


【どれだけピアノ以外のものに触れたか】


コロン、とシャーペンを机の上に放り出して、だらりと姿勢を崩す。

クーラーで冷えた部屋。汗をかいた麦茶のグラス。

窓の外には、入道雲。

今日も呆れるくらいに、晴れている。



【どれだけピアノ以外のものに触れたか】



「2X…かける…3Y…だから6XY…、え、なんでこれ…」


久しぶりの因数分解は、卵を片手で割るよりやりづらかった。


「はあ…、だる…」


惰性で持ち直したシャーペンも、芯が切れてしまった。


窓の外には、生き生きとした入道雲。

さんさんと降り注ぐ日ざしを見ていたら、なんだかすごく、外に出たくなった。


【どれだけピアノ以外のものに触れたか】


今日はすごく暑そうだ。きっとセミだってうんざりするほど煩いだろう。


ああ…こんな日に


海に入ったら気持ちいいだろうな…



「ふふ…」


シャーペンの芯がなくなったことを言い訳に、ほとんど進まなかった課題のノートを閉じた。


そうだ


夜になったら寒いから、着替えを持っていこう。



グランドピアノに後ろ髪を引かれることもなく

明るいグレーのカーディガンをつかんで、部屋の空調を切った。



あの海に行ったら

智はいるだろうか


夏休みは、ずっとあの海で遊んでいるのだろうか

それとも…



「お、どっか行くの?」


台所から、玄関までの廊下は丸見えらしい。

母はまた、菜箸に何かをくっつけている。今日は細く切ったにんじんだった。


「うん、」

「どこに?」

「別にいいだろ?」

「ふーーーーん?」



【どれだけピアノ以外のものに触れたか】


夏休みは、母に負けっぱなしだ。


苦くて甘い気持ちで(こう言ったら恋みたいだけど断じて違う)

サンダルを履いて玄関を出た。




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作者名:きんにく | 作成日時:2020年4月19日 0時

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