ピアニッシモ【O/N】[ARS] (ページ26)

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hot cat（side S）ページ26

「それじゃ、お任せしました(笑)」

山本先生が、少し生気を取り戻して保健室を出て行った。

笑顔で見送り、力強い足音が廊下に響くのを聴いて、

カーテンが閉まっているベッドに近寄る。

「…開けるよ～」

できるだけ柔らかい声で言って、ゆっくりとカーテンを開けた。

眠っていると思っていた大野くんは目を開けていて、その潤んだ目が天井をぼんやりと見ていた。

「大野くん、保健室の櫻井です。…知ってる？」

上気した頬に、汗で額に張り付いた前髪。

質問には、ふるふると首を横に振って答えてくれた。

「じゃあ初めましてかぁ…」

さっき計った体温は38.6度。高熱だ。
呼吸器系の症状がないので風邪というより、疲れから来る熱だろう。

「しんどそうだね…、どう、気分悪いとかはない？」

「しんどくない。なんともない、帰りたい」

明らかに不調そうなのに、掛け布団をめくってベッドから出ようとする。

強めに肩を掴むと、熱で体力の奪われた痩身はすぐにぐらりとバランスを崩すので、背中に手を当てて支えた。

「だーめ。熱があるんだよ？今はしっかり寝てて…」

「ないと思う」

「あるんだって(笑)」

頑なに、体調不良を認めようとしない。

服越しに伝わる体温は高く、呼吸も浅くて速いのに…

無垢なように見える、その瞳だけが、身体の不調を理解していないという風に【ここから出たい】と訴えていた。

そっと、起きた身体をベッドに倒し、掛け布団をかけた。

「病院みたい…、怖い」

小さな小さな声で呟いた彼は、どこか怯えたような表情をしていた。
病院が嫌いなのか。だから似たような状況のココから逃げたいのか…

熱のせいで心細くなっているのかもしれないな…

「消毒のにおいかな、…ここは保健室だよ？病院じゃない。注射も手術もないから…

　大丈夫…怖くない…」

安心させようと、乱れて目にかかった前髪の束を払ってやる。

すると、今まで強張っていた肩の力を、大野くんがふっと抜いた。

お、と思ってそのまま、汗で額に張り付いた前髪をそっと掻きあげたら

気持ちよさそうに、ゆっくりと瞬きをする。

潤んだ目が【もっと】と言うように俺の手を見たので、

柔らかな頬を指の背でするりと撫でてやった。

そしたら、きゅ…と猫みたいに喉を鳴らして

とろんと溶けた表情で、閉じた瞼。

「んー……、分かんねぇな…」

ベッドに零した俺の独白は

すう…という規則正しい寝息にさえ、かき消されるほど小さかった。