mouth ページ24
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【ふつうには、愛せない】
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屋上で相葉くんに言われた言葉を引きずったまま、数日が経った。
あと10日ほどで夏休みになる。
俺はピアノのコンクールがあるので練習に忙しいけど、智はどうするんだろう。
「あー、ちょっと……もう、なんで全部口に入れちゃうわけ?」
今日は水曜日なので5時間目で授業が終わって、いつもより早い時間の、暑い帰り道を歩いていた。
コンクリートからじわじわと湧き上がる熱気にむせ返りそうになる。
智は、美術の先生にもらったという 珍しい模様の瓶ビールの王冠(やたら光を反射するやつ)を太陽にかざして
十分に目と指で堪能したあと、やっぱり唇で触り、さらに口に入れてしまった。
「はぁー…、…智?」
そりゃあため息も出るよ。
きれいな花も、光るガラスも、雨も、あんまり言いたくないけど相葉くんの目元も…
唇や舌で触らないと気が済まないなんて。
智が常識的じゃないのは百も承知だけど、高校生としてそれなりに社会的に文化的に生きていくためには ちょっと我慢してもらいたいところだ。
「うん?」
だけど俺は、その無垢で透明な瞳を前に 何が正しくて何が間違いなのかという線引きができなくなる。
一方的に”やめておけ”と言えない。
「なんで何にでも口をつけちゃうの?それで何が分かるの?」
智はきょとんと俺を見た後、視線を上にあげて 考えるようなしぐさをした。
これは嬉しい変化なのだが、智は最近 俺の言葉を咀嚼し、考えてくれるようになった。
人として当たり前のことだけど、出会った頃は会話すらつながらない状態だったのだ。進歩でしかない。
「…じゃあなんでカズは口に入れないの?」
「はい?」
「なんでカズは綺麗と思ったものを 唇で触りたいと思わないの?」
「なんでって…、当たり前じゃない…そんなの…」
「でしょ?おれだって当たり前だよ、見たくて触りたくて口に入れたいからそうする」
ひとりぼっちで 自由奔放で、話もろくにできない変わり者…そう思っていたら
智はときどき、その潤んだ瞳ですべてを見透かし 真理をついたようなことを言う。
「当たり前だと思ってることが、ちがうだけだよ」
----『大ちゃんは…、感受性が強すぎる…
空も、海も、花も…
人のことも…ぜんぶ…
ふつうには、愛せないんだよ…』
俺は智の言葉に返事ができないまま俯いた。
頭の中では、相葉くんの苦しげな声がリフレインしていた。
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年4月19日 0時