sunny ページ17
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7月になった。
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昼休み、智は間をあけず音楽室に来るようになり、熱心にピアノの音に耳を澄ましていた。
”この曲は誰ので、こういう経緯で作られたらしいよ。それほんと?
それは眠くなる。カズの指生きてるみたい。生きてるでしょうよ、指は(笑)
その曲は好き。これは嫌い。俺はすきだよ?なんでだよ、どこがいいの?”…
言葉と時間は、回数を重ねるほどに優しく積もっていった。
だけどある日…
つまらなさそうな顔で聴いてた智が、突然ふらりと音楽室を出て行こうとした。
「どこ行くの?」
居ることのほうが当たり前になっていたので、思わず手を止めて声を掛ける。
「屋上」
智は振り向かずにそう言って、後腐れなく音楽室を出て行った。
そばの階段を、タタタ…と駆け上る音が聞こえる。
「んだよ……飽きたら どうでもいいってか…」
こんなとき、俺は不安になる。
唐突に、智の 俺に対する熱量が下がるのを感じるとき。
彼は恐ろしいほど気分屋で、
昨日 口に入れてしまうほど愛したアジサイの花の前を、今日は見向きもせずに通り過ぎだり、
あれだけ気に入っていたペットボトルの水のゆらめきを、まるで忘れたみたいにごくごくと飲み干してゴミ箱に捨ててしまったりする。
1ヵ月足らずだけど、他の人よりたくさんの言葉と時間を、智と共有してきた俺。
時間をかけようが努力をしようが、
あのペットボトルやアジサイみたいに、捨てられて視界から消えていくのだろうか。
でも、そうは言っても。
少なくとも他人よりは、俺のことを特別に思ってくれてもいいはずだと自負しているんだけど。
いや。そう思ってくれていなければ気が済まない。
だって…
だって俺が智のためにどれだけ頭を使って言葉を選んでいるか!
そしてその突飛で衝動的な行動を許しているか!
この努力が報われないなんてオカシイ。絶対に。
「はー…、振り回されてんなぁ…」
ひとり、呟いてから
俺は古びたピアノの鍵盤を丁寧に拭いて、その上から布をかけた。
椅子から立ち上がって伸びをすると、窓の外に目をやる。
雲一つない快晴だ。木がさわさわと夏の風になびいている。
「屋上……、初めて行くな…」
智の後を遅れて追うように、音楽室を後にした。
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年4月19日 0時