ピアニッシモ5 【O/N】[ARS]

heard（side M） ページ18

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「ねえ……、」



2月の下旬に差し掛かる今日、異動の通達があって、遠く離れた地方の学校に転勤することになった。


この学校に赴任してから、6年と言う月日が流れている。
翔みたいに、学校が手放したくなくなるほど優秀ではないし、そろそろかな…とうっすら思ってはいた。


教員の人事異動が、生徒や保護者に公表されるのは3月下旬。

卒業式が終わってからだ。


それまでは、俺たち教員は、生徒には自分の異動を内密にしている。


3月の下旬までは、その人事異動が、あくまでも内示であって、公式な確定ではないからだ。稀に、やっぱり異動ではなくなりました、というケースがある。特別な例だけど。




「どっか行っちゃうの……？」




教員の異動が 地域新聞やホームページに載る、3月下旬まで

生徒や保護者には、内密にしておく。


しかもその通達があったのは今日だ。

もっと正確に言えば、放課後が始まって間もなく。


まだ誰にも言っていない。誰にも。


俺の異動について知る人は、人事部と、自分だけだ。




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ゆらゆらと風に遊ばれるカーテンに、大野は見え隠れしていて

つぎ、カーテンが彼を隠したら、もう消えて居なくなってしまうのではないかとハラハラした。



その姿を見ていたら、


あと1年、せめてあと1年。

この子が卒業するまでは…、といくら祈っても、もうこの学校に居られないということが、

無性に心苦しくなって…


げほげほ、と激しく何度も咳き込んで、背中を丸めてしゃがんだ大野の、痩せた身体を


壊さぬように、そっと抱きしめるに至った。




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「…4月になったら、遠くに行く」


抱きしめて、近くなった耳元で、ゆっくりと言った。

聞き逃しが多い大野が、ちゃんと、一言も漏らさず聞き取れるように、ゆっくり。


苦しそうな咳が止む。



「今はそれしか言えない」



冷たい風は、依然として吹き続けていて、カビくさいカーテンの裾が、ばさばさと顔に当たった。


大野が、美術室の全部の窓を開けたので、教卓の上に置いていた学習プリントが、無残にも飛ばされて、床にうすっぺらい紙のじゅうたんを作っていた。


美術室の、全部の窓を開けるときの、切羽詰まった顔。



「……大野？」

「ん、」


1回目で、返事をくれた。

大切に呼べば呼ぶほど、この子の耳に届くということに、最近気付いた。


最近、気付いた。


でももう、1ヵ月もここに居られない。



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「何と話してた、さっき」




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