maybe(side A) ページ7
〈気にしないで。なんかあったら言いなよ?俺でも日向先生でも、誰でもいいから〉
「ありがと…」
電話口の優しい声は、固まっていた心を少し、溶かしてくれた。
櫻井先生は、校則を破って髪を染めても怒らない。
その代わり、不注意な遊びでガラスを割ってしまったり、誰かや自分を傷つける言葉を言ったりしたときに、ものすごく怒る。
捻挫や打撲をほうっておいても、少し怒る。怒るときの櫻井先生は、めちゃくちゃ怖い。
「お兄ちゃん?」
キッチンから、千夜子に呼ばれた。
覗いたら、皿洗いをしていたようで、食器棚の前で小さな皿を持って困ったように笑ってる。
「これ、どこに直すんだっけ」
「ああ、それはね…てゆうか、手伝うわ」
「ありがとう」
千夜子が洗ったものを、オレが拭いて戻すことにした。
前までは母さんが立っていたキッチンに、今は千夜子や父さんが立っている。
「…母さん、どう?」
「部屋で寝てるよ。今日は調子いいみたい…」
「そっか…」
流星群がしゅんと消えるように、あの日から、母さんの元気もしゅんと消えてしまった。
1日中、部屋で寝るようになり、ときどきしくしくと泣いていた。
ご飯を、全く食べないときと、びっくりするほど食べるときがあって、結果的に体型は だらしないままで維持されていた。
父さんが病院に連れて行った。
予想してはいたけど、鬱病とか、統合失調とか、そんなふうな病気に使う薬を、たくさんもらって帰ってきた。
「私のせいだよね…」
千夜子が俯いたまま、皿を洗う。
今日は母さんがたくさん食べたみたいで、皿の量が多かった。
千夜子は、まだ何も思い出せていない。
大ちゃんのことを自然に思い出したのかと思ったけど、そうではなかったのだ。
あの日、大ちゃんを見て「おおちゃん」と言ったのは、覚えていたからではなくて、咄嗟に、口をついて出たのだそうだ。
「お兄ちゃん、無理しなくていいよ」
「え?」
「『おおちゃん』のこと…無理に話してくれなくてもいい」
「千夜子…」
「何か思い出せそうな気がしたけど……お母さんは思い出してほしくないみたい、『おおちゃん』のことを」
「…ごめん…」
「アルバムの写真、全部そこだけ切り抜かれてるでしょ?…そこまでされたら…、聞けないよ、怖くて」
終わりに向かう線香花火を見るような、切ない目だった。
「でも、ひとつだけ聞いてもいい?」
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時