restraint ページ50
「放せよ!触んな…っ」
「智…、」
6月の末に、流星群を智と見た。
おそろしいほど美しかったあの日から、智が消耗したように机にしなだれていることを、異常なほどに眠ることを、なぜ少しも、おかしいと思わなかったのだろう。
どうして何にも気が付かなかったんだろう。こんなに、傍に居るのに。
智は全然寒くないのに震えていた。
しばらく時間が経っても、上がった息はもとに戻らなくて、俺がじっとその目を見つめるたびに、一言ひとこと話すたびに、ひゅう、という危険な音で息継ぎをした。
放せ、と口では言っても、拒絶の力は弱すぎて、今にも涙が零れそうな目を、このまま逃がしてしまうことは、絶対にできなかった。
「どうしたんだよ…」
「…いや だ……」
「何が怖いの」
「嫌っ…」
「こんな…痩せて…ね、智…、苦しいときは」
名前を呼んだら、ほとんど確実に目を合わせてくれるのに、今は合わない。
右手首を解放して、頬に手を添えてこっちを向かせたら、智は空いた手で俺の胸をドン、と叩いた。
だけど全然、痛くなかった。
「俺に教えてって言ったでしょ」
不思議に思ったのは、寄り添おうとすればするほど…心を、解かそうとすればするほど、智がさらに怯えたような表情を深めること。
「お前の言葉でいいからって……言ったじゃん」
苦しい涙だけは、ずっと傍にいて拭ってやりたいと…星が降った、綺麗で最悪だった、あの日と同じ強さで思った。
このときの俺は、ずっと、とか、絶対、とか、永遠、といった無責任なものを、信じて疑わなかったのだ。
それが、顔に出ていたのかもしれない。
「…どっか行 け…」
智が、絞り出すように言った。
喉になにか、悪いものが詰まっているみたいに、喋りづらそうにした。
「…ま、た…落ち…、落ちるぞ」
目の端から、瞼が抱えきれなくなった涙が落ちた。すとんと、迷いなく落ちた。
智なんかよりも、その透明な涙のほうが、怖い苦しい助けてたすけて…、と上手に言えたかもしれない。
「いっ…一緒に…いたら、死んじゃ う ぞ」
組み敷かれた細い身体が、くっ…と波打つ。思わずその拘束をゆるめると、
智は顔を横に向け、口元を押さえて苦しげに嘔吐いた。吐き出されたのは、少量の液体。
「なっ…」
1回きりじゃなかった。
何度も、背中が不気味に引きつって、そのたびに智は、
言えない"助けて"の代わりに、絶望に似た色のそれを、苦しそうに吐き出した。
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時