pain(side A) ページ34
「……大野くんを頼む」
櫻井先生が、見たこともないような真剣な顔で、オレの方を見ずにそう言った。
持っていた傘を放り投げ、白衣を翻して、2階から転落した生徒のところに駆けていく。
2階から、人が落ちた。
高いところから人が落ちる瞬間を、初めて見た。
それは当然、興味津々に中庭を覗いていた、たくさんの生徒からも見えていて
学校全体が、壊れてしまったみたいに、鈍い悲鳴で揺れた。
教師たちすら、その騒ぎに飲み込まれて、頭がぐるんとかき混ぜられるようなこの心地の悪いどよめきを、誰も、だれも、止めることができなかった。
その生徒の傍にしゃがんだ櫻井先生は、一瞬で状態を確認して、その場所から一番近くの、1年生の3組の教室を睨むように顔を上げた。
窓に張り付いていた生徒が、うわっと身を竦めて後ずさる。
「相沢先生は!?廊下から回ってこっちに来て!早く!」
声を張り上げて呼ぶのに、生徒の悲鳴の波に呑まれたのか、相沢先生は全然出てこなかった。
櫻井先生が、苛立ちを押し殺したような、危ない穏やかさで、1年3組に向かって「誰か教室の受話器で救急車呼んでくれ、119だよ」とだけ言った。
ひとりで対応を進めようとしたけど、そこで救世主みたいに、松本先生が駆けつけた。
「救急車だよな?」と言ったのだと思う。松本先生はもう既に耳に携帯を当てていて、櫻井先生はそれでやっと、幾分ほっとしたような表情を見せた。
それからのふたりは、バディを組んだみたいに、目も合わさずに手際よく必要な言葉を交わし、転落した生徒を、屋根のあるとことまで移動させた。
そこで、ちらりと生徒の顔を伺うことができて
ううん、本当は、その子が地面に身を打ち付けたときにもう、薄々気付いてはいたのだけど
カズが、もう二度と開かないことを予感させる重さで、目を閉じていた。
「…ぁ、」
そばで、悲鳴のかけらのような、頼りない声が漏れるのが聞こえた。
オレはそれで、ハッとして、櫻井先生の『大野くんを頼む』を思い出した。
「大ちゃん…、一旦、中入ろう、ね?」
自力で立ち上がれなかったはずの大ちゃんは、どこにそんな力が残っていたのか
木にしがみつくように身を起こし、地面に身を横たえたカズを凝視している。
その瞳は、何かを怖がるように、揺れて…
息遣いが、今にも正しいリズムを忘れそうなほど、不安定だった。
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時