confession ページ19
「うちね、ADHDもっとる」
咲玖が見ていたのは俺の目じゃない。自分の足元の赤だ。
毒々しいとも思える色の、そのマニキュア。ぷっくりと浮いて、居心地が悪そうだ。
あまり、似合っていない。真っ赤な唇は、あんなに魅力的なのに。
「…AD…なに?」
「えーでぃーえいちでぃー。発達障害やがって」
発達障害。
おそらくほとんどの高校生が、口に出すのを避けている言葉を、咲玖はなんの躊躇もなく言う。
鈴のような声色は、その言葉と音を乖離させる。
「注意欠陥多動性障害ってゆう。小学校のときに診断された」
綺麗な声だなと思う。
丁寧に塗られた赤い爪を、咲玖は つまらなそうに見つめる。
「授業中に立ったり、変な独り言とか言うがって……急に、大きい声出したり、異常にきょろきょろしたり、しよった」
大したことない、という表情で紡がれる言葉は、グランドピアノの漆黒より、重い。
「小2のとき、病院連れて行かれた。そんで、みんなと違うクラスで勉強させられた。小6になってもな、『コマ』とか使って算数するんよ、掛け算と割り算は、中学に入るまでに一人で覚えた」
「…さく、」
「みんなうちのこと気持ち悪いとか、イカれてるとか言いゆうのに、うちはそれに気付かんかった」
咲玖はぼろぼろと乱暴に喋った。
バケツの水をひっくり返すように、言葉を零していった。
「ねえ、うち発達障害に見える?」
そこでようやく、俺はピアノの椅子から降りた。
咲玖の前でしゃがむと、前髪の影になって表情が見えなかった。
「咲玖」
「見えんやろ」
泣いているのかと思った。
俺が伸ばした手先が、その白い頬に触れる前に、咲玖は顔を上げた。
「うち、めっちゃ普通に見えるやろ」
中途半端に空中で止まった手を、咲玖は「べつにいらない」という目で見た。
涙を拭ってくれる手など、必要ないという目。
実際、彼女は泣いてなどいなかった。
「だってそもそもADHDじゃないもん、」
学校で、きれいな標準語をしゃべり、ありきたりな笑顔を振りまく咲玖は、なんの特徴もない平凡な顔をしているはずなのに
目の前の咲玖は、艶やかな黒髪と、強くて深い瞳と、不思議な唇を持っている。
そして、鈴の声で言う。
「ずっと、妖精が見えとった」
----『…広いところから来た?』
----『うん。でも もう要らんがって。広いの』
そのときやっと、咲玖の不思議さの正体が分かった。
「何かを捨ててきたような」静かな雰囲気だった。
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時