nem nem【AquaTimez『ALONES』より一部引用】 ページ11
松本先生の言ったとおり、美術室に入ると、智がすやすやと眠っていた。
教室の後方の制作スペースで、柔らかそうな青色の毛布を敷いて、その上で眠っている。
「こんなとこに居たの……」
智はその日、午後の授業から居なかったので、屋上かどこかで遊んでいるのかと思っていたのだ。
俺は、ピアノの練習のことなど忘れて、その無垢な寝顔に気をとられた。
描きかけの絵が、忘れられたようにぺたりと寝かせてある。右手には絵の具のついた筆。描いている途中で、力尽きたみたいだ。
流星群を海で見た日から、1週間ほど経ったけど、ちゃんと智と話せていない。
コンクールが近くてピアノからあまり離れられないし、智がふらふらとどこかへ行ってしまうことが多いからだ。
同じクラスで授業を受けているはずなのに、なんだか久しぶりだな…と思ってしまう。
俺は、それほど智に執心しているのだろうか。
んん、と智が喉を鳴らして、口がぱくんと何かを含むように動いた。小さく。
「っふ……だから何でも口に入れんなって…(笑)」
ふ…と満ち足りた吐息をはいて、同じ夢の中に戻って行く。
今のはきっと雨粒だ。智は、雨粒を飲み込んだあとに、世の中のすべてを許すようなため息をつくのだ。
綺麗な夢を見ているといい、と思った。
"せめて夢の中で 自由に泳げたら あんな空もいらないのに"
智の好きなAqua Timezの曲の、ワンフレーズが思い浮かぶ。
俺が、いちばん最初に聴いた智の歌声で再生された。
Bメロの、その綺麗で切実な歌詞を智は愛していて、たびたび歌う。時には大声で、時には呟くように。時には、喉をつめて苦しそうに。
智は夢の中では、もっと自由にいられるんだろうか。
空に手が、届くんだろうか。それとも…やっぱり夢の中では、空なんてなくても自由になれるんだろうか。
無防備にさらされた首筋を、すっと撫でたら、丁寧に塗られたファンデーションが剥がれて、生々しい拘束跡が現れた。
あのとき赤かったそれは、今では青黒く、その存在感を増していた。それがちょっとずつ、薄くなってきている。
「ん……」
触れたのがくすぐったかったのか、智は小さく身じろぎをする。
櫻井先生の真似をして、前髪をかき上げるように撫でてやったら、気持ちよさそうに顎を上げた。
そしてまた、甘い眠りに堕ちていく。
「なんつー顔して見てんだよ」
気付かなかったけど、いつの間にか松本先生が戻ってきていた。
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きんにく(プロフ) - くろしばさん» 温かいコメントをありがとうございます、他の作品のことも見てくださっているのですね・・・こちらこそ感謝が足りません。日々精進していきます!ありがとうしか言葉がでなくてすみません(笑) (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - ゆきのすけさん» 素敵なお言葉をいただけて嬉しいです!知識不足文章能力等、まだまだ課題はたくさんですが、そう言っていただけると救われます。一生懸命書きます!ありがとうございます。 (2020年6月1日 22時) (レス) id: ef9ab81a93 (このIDを非表示/違反報告)
くろしば(プロフ) - 唯一無二のストーリーはもちろん、その繊細な文章構成や選び抜かれた表現にはいつも驚きや優しさがあり、とても強く感情を揺さぶられます。この作品をはじめ、きんにくさんの作品に出会えたことに感謝するばかりです。微力ながら、これからも応援させていただきます。 (2020年6月1日 2時) (レス) id: a32bce887b (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - 情景が、主人公の表情が、心情が、胸が痛むほど繊細に流れこんできました。考えること無く流れこんでくるそれはとても心地がいい筈なのに、その分強く心を揺さぶられました。この作品に出会えて良かった…有難う御座います。これからも、心より応援しております…! (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
ゆきのすけ(プロフ) - シリーズの一話を何の気なしに覗いてから、気付いたら狂ったようにこの作品だけを、求めて読んでいました。20年間生きてきて、占ツク以外でも沢山の本を読んで来ましたが、こんなにも引き込まれた物語は正直言って初めてです。 (2020年5月31日 20時) (レス) id: cfd9b5973a (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年5月17日 12時