【文スト】太宰治の恋事情

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狙撃手は何者なのか。


狙撃手という人種は、おそろしく慎重で、そして辛抱強い。

彼等は神や仏よりも計画を崇拝する。

敵を定め、狙撃する最適な場所を決めたら、彼等はただじっと待つ。

標的が照準器の向こうに現れるまで、何日も姿勢を変えずに待つ。

携帯食料で空腹をつなぎ、食料が尽きれば何も食べずに待つ。


狙撃手がそこに居たということは、そこに撃つべき人物が来ることを確信していたと云う事になる。


最も自然に考えるなら、安吾の部屋を監視していた狙撃手が狙う人物は、安吾その人だ。

そう考えるのが普通だ。

彼は何も知らずに帰ってきた安吾を狙撃する。

そういう計画だったのかもしれない。


だがそうすると不自然な点も残る。

なぜ狙撃手は計画を変え、私を撃ったのか。


私が安吾の部屋に向かうのを決めたのはつい数時間前だし、理由は苦し紛れの思いつきに過ぎない。


さらに狙撃手が引き金を引いたのは、私が白い金庫を発見した直後だった。

もし撃つなら、部屋に入った時に撃っている筈だ。


あるいは狙撃手は対象となる人物など定めていなかったのかもしれない。

あの部屋に現れた人間は誰であろうと撃つ。

あるいは、この白い金庫を見つけ出したものは誰であろうと撃つ。


一つ確かなのは、どうやら安吾がいま、大きな厄介事の渦中に居るらしいという事だ。


安吾の飄々とした、涼しげな丸眼鏡の顔を思い出しながら、私は走った。


いくら息を吸っても全身への酸素供給がままならず、視界が白く染まり始めたころ、狙撃手の予想逃走経路のひとつに辿り着いた。

狭くて暗い路地裏だ。

都会の鴉が残していった残飯があたりに散乱している。


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