第十二夜 忘れないで ページ14
不思議そうにこちらを見上げる彼女に、クロロはただ黙って彼女の髪に触れていた。何を言い出したかと思えば、こんなことをしようとは。
彼女の色白な肌に、大雑把に書かれた彼女の筆跡。
覚えようとしてくれたこと。ただ、それが素直に愛おしかった。本当は、望みたかった。忘れないでいて欲しい。覚えていて欲しい。らしくもない子供じみた欲をぶら下げて、クロロ、と名を呼ぶ彼女を待っていた。昨日のことも、一昨日のことも、過去のことも未来のことも話せたら、と。
忘れられてもいい。覚えていなくても。オレたちの記憶の中で、あんたがずっと変わらず居続けてくれればそれで良いんだ。そう、自分を納得させたはずだったのに。
いつだって自分を我が儘にさせるのは彼女だ。
こんなことしたって、どうせあんたは忘れちまうだろうに…
「クロロ…さん?」
「バカな奴だ、そんなことをしたって、どうせ忘れるだろう?」
突然バカ、と言われAは少し眉を潜めたが、クロロの切なげな笑みが、それを許さなかった。
そんなに、想ってくれていたのだろうか。そんな風に、悲しそうに笑わないで欲しい。益々胸が苦しくなる。こんなにも、想ってくれる人たちを、忘れることなんてできようか。ぽん、と最後に頭に乗った彼の手が離れていく。
「あの、いつか…。いつかきっと、私…」
もう二度と、初めましてだなんて、言わない。昨日もその前もずっと、自分たちは会っていたのだから。
「A……っ」
クロロの声が、呟くようにそっと木霊する。触れていたその手が、すっと擦り抜けていった。
きらきらと、まるで小さな光の粒のように。彼女の身体から飛んでいく蛍火のような脆い光。
ふわりと空中を掴んだ手に、最後に光の粒が触れた。もう、そこには、彼女の姿はなかった。
「朝だ…」
誰かがそう言った。その声に、クロロは静かに空を見上げた。
A…。あんたは、一体、どこにいる? どこで、何をして生きているんだ? オレたちと、あんたの距離はどのくらい離れているのだろうか。
そこへオレたちが行くことはできないのだろうか。遠い昔のあの日、あんたが笑って話してくれた、その世界へ。
あんたの目に、映るその世界は、どれほど美しいのだろうか。あんたの話を通して見るそっちの世界は、途方もなく幸せそうで、輝いて見えたから。
____昔から、夜が好きだった。君に会えたから。
185人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「HUNTER×HUNTER」関連の作品
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:アユミ | 作成日時:2018年11月15日 0時