【陰陽師】荒神と陰陽師の平安な日々【参】

「女と酒と片割れと」(柒) ページ25

ここでようやく、Aが荒の両腕の中で意識を取り戻した。


重たげな瞼がゆっくりと開く。


体中の火照りに浮かされ苦しそうだが、どこか色香を含んでいる悩ましげな表情。


うっかり魅入りそうになるのを、荒は堪える。


Aの唇が、小さく言葉を発し始めた。


「い……茨木童子……」


「……」


第一声がそれだったことに不満を感じたのか、荒は刺々しく声を掛ける。


「茨木童子ではない」


「……あっ……荒様……？」


声を聞くまで、自分を抱き上げているのは荒だということに気がつかなかったらしい。


これは相当酔いが酷い証拠だ。



「先程、奴がお前を運んで来た」


「……そう、なのですよ……改めてお礼を言いたかったのですが、言いそびれてしまいました……」


途切れ途切れな口調でぼんやりとしているAの髪に、突然荒は鼻先を寄せた。


Aはくすぐったそうに身をよじらせ、急にどうしたのかと疑問に思ったが、直ぐに理由を察した。


「匂い……気になりますか？」


荒は頷く。


普段は良い香りのするAに、酒の強い匂いが染み込んでいる。


それが荒の神経を逆撫でた。


AもAで、荒に不快な思いをさせてしまったのが、普通に悲しいと思った。


「……湯殿に、行かないとですね……」


「連れて行ってやろう」


「えっ」


荒は戸惑っているAを抱えたまま、湯殿のある方角に向かって歩き出した。


「そんな……お手を煩わせる訳にはいきませんので……」


「遠慮するな」


そう言い伏せられてしまったら、もう断れない。


人に見られたら困る、なんて懸念しつつも、お言葉に甘えてAは強張った体の力を抜き、荒に全身を預けた。



「辛そうだな」


Aの顔色を伺いながら、荒は言った。


「辛いです……鬼の酒なんてもう、金輪際飲みたくありません……」


あの酔っ払いこと酒呑童子には然るべき報いを与えたいものだ。


今度見掛けたら紙人形を大量召喚して奇襲を掛けよう。


そうAは心中で酒呑童子に対する恨みをつらつらと挙げていった。


子供っぽく膨れているAを少し眺めた後、ふっと荒は口元を緩めた。



「私がお前の酔いを覚ましてやろうか？」



「……？」



ほんの少しだけ、Aの頭の中を覆う霞が晴れた。

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