吸血姫は桜の木の下に舞う

第37話「後悔しても遅い」 ページ39

「着きました」



依頼人の女性に連れて来られたのは薄暗い路地だった。
だが蓮華はその路地を見た瞬間、何となく違和感を覚えた。



「……おかしい。
本当に此処なンですか？ええと＿＿＿」

「樋口です」



樋口＿＿＿？
その名前は聞き覚えがある。おそらく文豪の樋口一葉”。
その瞬間、彼女の首筋に嫌な汗が流れた。



「樋口さん。無法者と云うのは臆病な連中で＿＿＿
大抵、取引場所に逃げ道を用意しておくモノです」



確かに彼の云う通りだ。
此の路地は袋小路で反対側から来たら逃げ場がない。
極め付けは彼女から漂う銃の金属の匂い＿＿＿
蓮華の瞳が紅に染まり、嫌な予感が脳裏に走る。



「その通りです。失礼とは存じますが、嵌めさせて頂きました」



女性の声が低くなる。
蓮華の推測が確信に変わった。



「私の目的は貴方がたです」



彼女は懐から携帯を取り出して云った。



「芥川先輩？予定通り捕らえました。これより処分します」



芥川。
国木田が云っていた兇悪なマフィアの異能者。
ならば彼女は＿＿＿＿＿



「ポートマフィア……！」

「我が主の為、ここで死んで頂きます」



銃声が路地に響いた。
この音を聞くのは人生で二度目になる。
だが蓮華は目の前の惨状に渇いた声を漏らす事しか出来なかった。



「……え」

「兄様………大丈…夫？」



ナオミのセーラー服が真っ赤に染まる。
彼女が銃弾の雨から谷崎を守ったのだ。



「ナオミッ！！」



ドサリと崩れ落ちるナオミを谷崎が受け止める。
重傷を負った彼女はぐったりとしていて動かない。



『何で……止められなかった！？』



自分は前から彼女が怪しいと睨んでいた。
なのに，いざという時に何も出来なかった。
銃を持った女性一人、取り押さえる事も出来た筈なのに。



『動け…私の身体！！』



何故自分はこんなにも恐怖しているんだ。
何時もならこんな状況，無理矢理にでもねじ伏せられるだろう。なのに何故。
その瞬間、樋口が銃口を谷崎の頭に突き付けた。



「貴方が戦闘要員でないことは調査済みです。
健気な妹君の後を追っていただきましょうか」

「あ？……チンピラ如きが、ナオミを傷付けたね？」



振り返った谷崎の表情は憤怒に染まっていた。
ただならぬ様子に樋口も一瞬たじろぐ。



「『細雪』」



それは史実の谷崎潤一郎の作品名。
そして異能力名でもあった。



「敦くん、蓮華ちゃん、奥に避難するんだ。
こいつはボクが、………殺す」

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