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おりません。この村で神の眼差しを賜ったのは爺さまひとりだけでございます。集まった村人の中で、私はしらじらしくそう言いました。村長が何かを言いかけるよりも早く、誰よりも先にそう口を開きました。嘘は申しておりません。村人で神の目を持っていたのは爺さまだけです。神の目を持つさすらいの人が、村に滞在していただけなのです。私の物言いが堂々としていたからでしょうか、奉行様はあっさりと頷いて、村長と二言三言話をして帰っていきました。それからすぐ、弟とあの方が村に戻ります。衣服のところどころに砂埃や葉っぱを目立たせて、いかにも何かがあったという風に帰ってきました。弟は不安そうに瞳を揺らして、あの方は深刻な固い表情をなさっておりました。私たち三人はただ黙ってうつむいて、話をしよう、という村長の言葉に頷きました。
今まで世話になった。明日には村を発つ。それがあの方の結論でした。村長のお家の囲炉裏を囲って、私たちはそれを聞きました。村長があくまで冷静に、今日起こったことを話すようあの方に言いました。あの方と弟は、予定通りお使いを済ませて、それから花見坂の八重堂に行ったそうです。最近話題になっているという外の国から持ち込まれた小説が大変面白いとかで、弟はもともと買うつもりだった本に加えてその本も買うものかと、しばらく悩み込んでいたといいます。あの方はじっくり悩めばいいと弟を待ってくださっていて。そうしたら、城の方から練り歩くようにやってきた天領奉行の奉行様たちが、花見坂全体に聴こえるのではないかというような声で目狩り令の発布を知らせて、当然あの方も法令の対象になってしまったのだと。逃げる姿を見られた可能性は少なからずあると、弟を危険に晒してすまないと、あの方はそう言って頭を下げました。
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作者名：鳴草 | 作成日時：2022年5月6日 1時
