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「じゃあね、若利」
門に手をかけてひらりと若利に手を振ると、「あぁ」無愛想な顔とは正反対に、律儀に片手を振って見送ってくれた。真面目な男だ。
厳かな木製の標識には、「千歳」と味のある字体で綴られていた。
千歳家は、華道の名家だ。そこら辺のお金持ちとは格が違う家だということは、自負している。
まあ“牛島”だって似たようなものだけど。似たような境遇だったからこそ、私達は仲良くなったのかもしれない。
と、家の扉を開けると、高級旅館のような内装と「お帰りなさいませ、お嬢様」古株のお手伝いさんのお出迎えに、目を数度瞬かせる。眩しい。何年暮らしても慣れない。
「……ただいま」
「今夜のご夕食も自室で召し上がられますか?」
「うん。あとで持ってきて」
「かしこまりました」と恭しく例をする彼女を後にし、着替えるために自室に向かった。
ひとつの汚れも許されない、どこぞの王子服だ、と思ってしまうような純白のブレザーを脱ぎ捨てる。まさに“白鳥”だ。
「……はー、」
そのままベッドに倒れ込めば、ぎし、と甲高い悲鳴が上がる。
……つかれたな。
及川と話した日はいつも疲れる。暖簾に腕押しとはまさにこういうことなのだろう。
のらりくらり、いつもあの男は私の腕からするりと抜けて余裕な笑みを浮かべて私から距離をとる。
……及川に、好きだと言ったことはない。言う前に振られた。
目を閉じれば鮮明に思い出せる。丁度1年くらい前だった。あの日も雪が降っていた。
「俺のこと好きでしょ」、彼はそう言ったのだ。私の方になんて目もくれず、スマホを触りながら。多分、彼女にLINEを返していたのだろう。
否定する暇もなかった。何で分かったんだろう、普段から顔に感情が出ない方だったし、及川への好意に関しては細心の注意を払っていた。なのに、何故。
「俺はやめといた方がいいよ」
「……何で?」
「俺はお前のこと、好きにならないよ」
はっきりと。彼はそう言ったのだ。
今思い出してもきつい。ゆるゆると涙腺を刺激されるが、ぐっと堪えた。
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作者名:彗 | 作成日時:2019年4月26日 13時