【文スト】この世界で生きるのは不可能という結論が出ました

十一話 ［壊れそうな笑みの意味は］ ページ13

薄暗い倉庫街の一角。
積み上げられた木箱の上で虎を待つ。
海が近い故に漂う磯の香りと埃の匂いに僅かに顔を顰める。



「…完全ジサツ読本？」



「読む？」



「遠慮します。それ、よく発売されましたね。問題になりそうなのに」



「素晴らしい本だよ。内容も完全に暗記してる」



「…へぇ」



完全に暗記。
だから暗闇でも大体は読めるのか。



「…それは何回読んで暗記しましたか？」



「一回」



まさか、と目を見開く。
太宰は視線をこちらに向けた。



「と云ったら君はどうする？」



「…」



「そんな怖い顔をしないでおくれ」



「…私で遊ぶな」



「ごめんごめん、あんまり表情が変わらないからつい、ね」



期待して損した。
顔をそらすようにしてツンッとそっぽを向く。



「…本当にここに現れるんですか？」



ポツリと言った敦に、太宰が本当だよ、と返す。
もしここに虎が現れたとして、彼はどうするつもりなのだろう。



「心配いらない。虎が現れても私の敵じゃないよ。
こう見えても『武装探偵社』の一隅だ」



「武装ってことは大砲でもぶっ放すんですか」



「君、賢いのにたまにとんでもないジョークぶっ放すね。実に面白い」



「虎相手にほぼ丸腰の人間三人でどう太刀打ちしろと…」



「なぁに大丈夫さ」



本当かよ。
先ほどの国木田は武術の心得があったようだが、
この包帯まみれの男は果たして虎に勝てるのか。



「はは、凄いですね。自身のある人は。
僕なんか孤児院でもずっと「駄目な奴」って言われてて…」



「！」



Aの脳裏に響く、声。
あぁ、なんて五月蝿いのか。



「こんな奴がどこで野垂れ死んだって…いやいっそ食われて死んだほうが…」



「死んだら何も残らない」



「え…？」



敦の朝焼け色の瞳が自分をうつす。
別に慰めようとは思っていない。
ただ、知って欲しかっただけ。
闇のように黒い髪が夜風に揺れる。



「お前なんて居なければ良かったのに。
お前さえ居なくなれば全て上手くいくのに。
お前さえ…生まれてこなければ」



唖然とした顔の敦。
太宰は何も言わない。



「利用されるだけされた。 …それでも生きている」



初めて、Aの笑顔を見た。
それはゾッとするほど綺麗な笑みだった。



「生きる理由なんて無くても私は生きてる」



壊れそうなほど、脆い笑顔だった。

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