そして、君の幸せに生きた。6【野坂悠馬】

羊のじゅーこ ページ10

「いーち、にーい…。」


腕の中に抱きしめた羊のぬいぐるみと
ゆっくり数を数えるお父さんの声が、凄く心地良くて


十まで数え終わる頃には、私の目蓋はすっかり重くなり
最後にはおやすみの声が遠くで聞こえていた。


「…だから、じゅーこなんだよね。」


お父さんがいつしかそう呼び始めていたというだけの、ネーミングセンスのかけらもない名前だけれど


いつも私を安心させてくれた、大好きな友達だ。


いつの間にか、この子がいなくても眠れるようになって見かけなくなったと思っていたけれど


こんなところに入っていただなんて。


「なんかごめんね、じゅーこ。」


少し可哀想だったかな、なんて


そんなことを思ってみる自分がいる。



「ごめん、お待たせ！」


何とか一人で着ることができた浴衣姿で向かったのは、待ち合わせ場所の駅だ。


「あ、来た！」


「Aの浴衣、可愛いね。」


例え、親がいなくたって


私には私のことを待ってくれる友達がいて
私のことを褒めてくれる友達もいて


だから、勿論二人に会いたい気持ちはあるけれど
もうちっとも寂しくなんてない。


「はは、本当だ。似合ってるね、乃坂さん。」


「瀬尾っちやるじゃん、一丁前に女の子誘うなんてさ。」


「ちっ…がうよ、いや違くないけど、なにその言い方！」


「ははっ、今日は楽しみだね。」


女の子達の浴衣が可愛かったのは勿論のこと、瀬尾くんともう一人の男の子も、みんな浴衣が似合っていて


なんだかすごく、その場が賑やかだった。


この様子を一言で表すとするならば、例えば「青春」。


そんな感じだ。


「わぁ…いっぱいあるね。」


電車に揺られてやっと着いた会場は
去年と同じく、多くの屋台が列を成していた。


お祭り独特の雰囲気と、屋台からの美味しそうな匂いも相まって
私たちのテンションはどんどんと高揚していくようだった。


「じゃあ、とりあえず食料調達！集合は会場の南ゲートでよろしく。七時までに集まること！」


さぁ、りんご飴にチョコバナナ、綿飴、食べたいものは色々あるけれど


色々あるからこそ、何を買おうか迷ってしまう。


確か去年、西蔭くんと一星くんと一緒に行った時は


りんご飴とチョコバナナと綿飴を…。


「…あれ？」


そこまで思い出してから、自分の好みがなんら変わっていないことに気がついて


思わず笑った。

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