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涙二つ ページ7

これは、朝ごはんを食べ忘れたせいではなくて


目覚まし時計が鳴るよりも前に目が覚めたからでも、雨が降っているからでもなくて


きっと、この傘のせいだ。


この傘を私に貸してくれた、あの人のせいなんだ。



「…ほら。」


ゆっくりと近づいてくる足音が、私のすぐ前で止まった。


こんな姿を誰にも見られたくなくて身を潜めていたけれど、その努力も虚しく


私は呆気なく、足音の正体に身を晒してしまう。


「泣かないで。」


彼は私に、一枚のハンカチを差し出した。


__________違う。違うんだ。


私が欲しいのは、ハンカチなんかじゃない。


こういう時、温かい親指で私の涙を直接拭ってくれた人が、どこかにいたはずなんだ。


なのに思い出せない。


何も、思い出せないの。


「ノサカ…くん。」


「ごめんね。朝も放課後も、教室にいなかったろ。部活の用意が忙しかったんだ。」


「ノ…サカ、くん。」


「…うん?」


「どう、して?私。」


知的で、運動もできて、何でも完璧で
一見少し近寄り難いのに


一度触れてみれば、こんなにも近くにいてあたたかい。


その声も、喋り方も、
私の心にぴったり沿ってくれているようで


どこか守ってくれているようで


こんなにも切ない。


「ノサカくんと喋ってると、涙が止まらないの。」


悲しくて、寂しくて、誰かに凄く会いたくて。


私の両目から、大粒の涙が次々と溢れ出していく。


こんな問いの答えが、彼に分かるはずもないと私だって分かっているのに


「…ごめんね。」


微塵も悪くない彼を
こんな風に謝らせてしまって


それくらい私は、我儘で。


その上、それ以上になんの答えも出てきやしないのに


この爆発的な感情を
自分のうちに留めておくことすら私にはできない。


「…大丈夫。」


頭に、この人の温かな重みが触れて


こうやってそれを、鎮めてくれるまでは。


「大丈夫だよ。」


それは幼い泣く子をあやすようだったけれど


一つだけ、あきらかに違った。


「ノサカ…くん?」


「僕も、同じだ。」


器量よく整えられた赤髪と、
きめ細やかな白い肌と


「君と話すと、何故か涙が出るんだ。」


そこを伝う
宝石のような一雫だけが


この世界で唯一つだけ、浮いていた。

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橋本アリィちゃん(プロフ) - とても泣けました!こんな感動作品を作って頂きありがとございました!今後とも応援しています!(*´ω`*) (2021年11月4日 7時) (レス) @page39 id: 1849d0f1e6 (このIDを非表示/違反報告)
くゆぃ - この物語を生み出してくれてありがとうございます。余命あと1年で、辛くて仕方なかった時、まさに今、イナズマイレブンに出会って、野坂悠馬君が好きになって、あなたの小説を読ませていただきました。いなくなる前に、この小説を読めてよかった。よかった。ありがとう (2021年8月6日 23時) (レス) id: 47b282db84 (このIDを非表示/違反報告)
むい - ほんっとうにこの作品が大好きです!何度も泣かせていただきました。この小説が、命について深く考えるきっかけとなりました。最後に、本当に大好きです。ありがとうございました! (2020年9月7日 14時) (レス) id: b5b9338b39 (このIDを非表示/違反報告)
ふるる。(プロフ) - 初コメ失礼します、ふるる。です!すっごくこの小説好きでした!命って大切だなと思ったし新しい生き方も学びました。完結おめでとうございます! (2020年4月25日 10時) (レス) id: 28f80b2ad3 (このIDを非表示/違反報告)
岡部 愛(プロフ) - この作品であなたを知り、一気に最後まで読みました。しかし言葉が出てきません。とても好きで、好きだという気持ちをなんと表現したらいいか分かりません。この作品でたくさん泣きました。あなたの他の作品も是非読ませていただきます。 (2020年4月25日 8時) (レス) id: fa9bcb142e (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:もちまる。 | 作成日時:2020年4月4日 9時

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