あの夏の過ち。〈降谷零〉 (ページ34)

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溺れたくないページ34

「降谷くんありがとう」

「ん。じゃあ」

「気をつけてね」

縮こまった背を見送りながら扉を閉めた。

外とは違うひんやりとした玄関の空気が思考を冷静にさせる。

降谷くんの厚意だとしても毎日送ってもらうのはやはり申し訳ない。

今の時期なんて風邪をひいてしまうんじゃないだろうか。勉強に関してだって随分とお世話になっている。

ローファーを脱ぎ揃えて二階の自室に向かいながら考える。

何か言い案…みたいな…何か、お礼…お礼…。

そういえば降谷くんはコンビニのおでんを食べたことないって言っていたな。

体を暖めるために温かい飲み物や食べ物を奢るのは中々ありかな…？

でも夕飯前に買い食いは家の人に悪いかな…。となると飲み物くらいしか…。

降谷くんにたくさんお世話になっておきながらお礼が飲み物って…対価が見合ってない。

制服から部屋着に着替え再び一階へ下りていく。

リビングが近くなるとだんだんテレビの音が聞こえてくる。

ガチャリとドアを開けると賑やかな人の声が静かな空間に響いている。

テレビの前に鎮座するソファには母親の後ろ姿。いつもと同じ。

「…ただいま」

声をかけてもこちらに顔を向けることなく微動だにせず「おかえりなさい」と返ってくる。いつもと同じ。

食事をするテーブルにはラップがかけられた二人分の料理。いつもと同じ。

片方は私の分。

片方は帰宅時間が遅い父親の分。

母は母で、一人で食べているんだろう。

仕事が忙しい父親の帰宅は深夜頃。

時々朝に、前日の分を食べている父親と遭遇するときや、

テーブルの上が前日と変わらないときがあるが、そういう日は夜に帰ってきてないということなんだろう。

あまり顔を合わせない父親とはほとんど話さない。

期待に添わず自分のしたいように行動するようになってから、母親との関係はどこか気まずい。

今までは母親の言う通りに生きてきたから。今更それ以外の接し方がわからない。

母は、どう思っているんだろう。

言うことを聞かなくなった私のことなんてもうどうでもいいんだろうか。

私は母親が嫌いなわけではない。こうして三食作ってくれることにも感謝している。

けど、ただ、息苦しいんだ。

母親との関係も。顔を合わせることが少ない父親も。

この家にいることが、息苦しい。