シャングリラエッジ【ars J.M】

8.お得情報。 ページ8

翌日も、私は休憩時間に喫茶店へ行った。
カウンターの端っこに座って、みぞれかき氷を食べる。


「またみぞれ食ってんの？」

昨日と同じようにサングラスを外しながらお店に入って来た松本さんが、昨日と同じように2つ席をあけた隣に座った。

「アイスコーヒーで」

マスターにそれだけ言うと、彼はタブレットに指を走らせる。

「松本さんはまたコーヒーですか？」
「美味しいからね、ここのコーヒー」

タブレットのから目を離さずに、私の質問に応える。
トントントンと、松本さんの指が液晶を叩く音。


「よく飲むならコーヒーチケット買っとけばお得ですよ」
「え？なになに？お得？」

彼が目を丸くして私を見た。
ちょっと意外。食いつくと思ってなかった。

「コーヒーチケットね、10杯分の値段で11枚付いてるんです」
「1杯タダじゃん」
「お得でしょ？」
「ちょっとマスター！そーゆーの早く教えてよ！」

松本さんはカウンターの向こうに居るマスターに笑いながら抗議してる。
「忘れてた！」なんて言ってるマスターに「忘れるわけねぇし！」って口尖らせて言い返してるし。
...へぇ、子供っぽい所もあるんだ。


「ありがと、お得な情報教えてくれて」
「あ、いえいえ！」

ブンブン首を振る。

「あー...それから昨日はごめん」
「え？」
「七光りなのは間違いないとか、ほら。失礼だったなと思ってさ」
「...あぁ！そう言えばそんな事を言われましたね！」
「え？忘れてたの？」

松本さんが、口をポカンと開いた。
そしてすぐに、ブハッと吹き出した。

「俺、すげぇ気にしてたのに！」
「えっ？えっ？」
「そーゆー事って言われた方は絶対忘れないとか言うからさぁ、傷つけたかなぁ？って思ってたんだけど」
「あー...アハッ！忘れてました！全然傷付いてない！」


本当は忘れてた訳じゃないけど。

それ以上に、覚悟を決めた事に対して『すげぇじゃん』って言って貰えた事が嬉しかったから。
高いハードルはくぐる方法もあるって教えてくれた事に、心が少し軽くなったから。

コーヒーチケットの事を教えたのも、11杯分もあったら松本さんが何度もここに来るだろうと思ったから。
何度も来るなら、偶然を装って会える機会が増えるだろうと思ったから。
もっと喋りたいと思ったから。


「でも、ごめんな？」
「ううん、大丈夫です！」

クーラーが当たりすぎる席で、私はもしかすると恋に堕ちたのかもしれない。
身の程知らずな恋を始めてしまったのかもしれない。

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