シャングリラエッジ【ars J.M】

43.秘密の穴場。 ページ43

手を繋ぐとか、そういうのでは全然無い。
ただ、はぐれないように手首を掴まれてるだけ。
子供とお散歩してるパパさんみたいな、きっとそんな感じ。

その手も、お祭会場から少し離れて人が減った時に離された。
だけど、私の手首にはまだ潤さんの手の感触が残ってる。


「どっち？」
「こっちです」

一緒に歩きながら、潤さんは「マジでこっち？」と首を傾げる。
「マジでこっちです」と私は笑って返す。

「じゃあ、ちょっとそこのコンビニ寄っても良い？」
「良いですけど、どうかしました？」
「適正価格のビールを買っとこうかなと思って。花火見ながら飲みたいじゃん」
「あ！良いですね！私も！」
「みぞれ、ビール飲めんの？」

正直、ビールは苦いだけ。
私の表情を見て、潤さんは「ジュースにしとけ」と笑いながらコンビニに入った。

「飲めるんですよ！？ただ、美味しいと思えないだけで」
「それを飲めないって言うの、大人の世界では」
「私も大人ですって！」
「酒の席では無理しないのも、大人の嗜みですよ？」

棚から缶ビールを二本取った潤さんが、私に缶カクテルを渡す。
友達と家飲みする時によく飲んでるやつ。

「それくらいなら飲める？」
「これは美味しいやつです」
「ビールが美味しくないみたいに言うな」
「アハッ、そういうワケじゃないですよ？」


レジをしてる潤さんの背後から200円を出すと、100円返された。
その100円玉をそのまま潤さんの手にあるお財布の中にポンっと入れると「何なの」って笑われた。

コンビニを出て歩くと、静かな道に二人分の下駄の音。
私はきっと、何年経っても夏が来るとこの音を思い出すような気がした。


暫く歩いて「ここです」と言った私に、潤さんは「まさかとは思ってたけど...」とその建物を見上げた。

「帰って来ちゃったじゃん」
「はい、ここが穴場なんです」

私が潤さんを連れて来たのは、つい何時間か前まで居た朝霧ビル。

「でも喫茶店のマスターは『ちょっとなら見える』って言ってなかった？」
「ここだと、そうですね」
「『ちょっと』では穴場って言わないんじゃない？」
「まぁまぁ、そう焦らないで下さいよぉ」
「みぞれ、時々面倒臭いな」

呆れ顔の潤さんに「まぁまぁ、そう言わずに」って言うと、鼻で笑われた。

「じゃあ、秘密の穴場へ行きますよー！」

本当はドキドキしてたけど。ドキドキし過ぎてるけど。
バレないようにふざけながら、ビルの中に入る。

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