シャングリラエッジ【ars J.M】

37.世間話。 ページ37

お祭の日は定時の17時に仕事を終え、管理人室の奥で浴衣に着替えた。
着付けは昨日の夜に何度もお母さんに指導して貰いながら練習した。

菫色の浴衣に紅い帯を巻き、ビルの三階まで上がる。
緊張しながら澪の扉をノックすると、中からは旬さんが出て来た。

「いらっしゃい、Aちゃん」

ペコっと会釈すると、彼は私の全身を見て「可愛いね」と微笑む。

「ゆ、浴衣がね！浴衣が可愛いですよね！」
「浴衣を着てるAちゃんが可愛いんだけど...まぁ、良いや」

すんなり引き下がってくれるのが大人だなぁ…と思うけど、サラッと可愛いとか言うのも大人だし、なんかもう何もかも大人。
大人の魅力にモジモジしてると「どうぞ」と事務所の中に通される。
入るとやっぱり、潤さんがいつもすわってるデスクを見てしまったんだけど...


「あ、潤と斗真は仕事。そろそろ戻って来るとは思うんだけどね」
「あ...、そうなんですね」

残念なような、ちょっとだけホッとしたような、変な気分。
美容スペースに誘導されて、椅子に座る。目の前の大きな鏡に、私と旬さんが映った。

「ヘアセットしてる間に、メイク落としといてね」
「あ、はい」

シート状のメイク落としを渡されて、一応仕事用に...と控えめに施してたメイクを落とす。
背後では旬さんが私の髪に櫛を通す。
暇でしょ？と、雑誌を手渡されたから別に暇って訳じゃないけどパラパラ捲ってみた。
誌面に並ぶモデルさん達はもう、すっかり秋仕様だ。


「旬さん」
「ん？」
「潤さん、お祭行くって言ってましたか？」
「潤？」
「あっ...！何か話した時、行く気無いっぽかったから」

アハハーって笑ったら、旬さんも「行く気無いっぽかったよね」って笑った。

「どうだろ、気は変わったのかな」
「考えとく...とは言ってたんですけど」
「じゃあ、考えたんじゃない？」

口角を緩く上げて、彼は私の髪を手早くまとめて行く。
所々にピンを差して、バランスを確かめてるのか鏡の中の私をじっと見た。


「Aちゃんってさ」
「はい」
「潤の事、好きなんでしょ」


膝の上の雑誌は、あろう事か『恋を実らせるテクニック』なんてページが開いてる。
読んでた訳じゃないけど、慌てて閉じた。

「えっ！？何で...！」
「何でバレたのかなー？って？」
「ちがっ...バレたとか、そーゆーんじゃなくて...！」
「でも好きでしょ？潤が」

旬さんはまるで世間話をするように、私にとっては全然世間話じゃない事を話す。

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