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黒 side
それでも、とうの昔に自らを殺した自分に何ができるというのか。
もう自分の声など、何年も聴いていない。
外でなんてもってのほか。
それなのに足はどんどん彼の方に自然と向かい、とうとう目の前まで来てしまった。
彼と俺との間に何か不思議な引力が働いている。
彼が床を滑らせた白杖が俺のスニーカーにこつん、と当たる。
「あっ、ごめんなさい！！あの、このあたりに500円玉は落ちていませんか？さっき落としてしまったのですが……」
彼の期待の眼差しを裏切ることなんて出来なくて、ごくりと唾を飲み込む。
「すみません、お急ぎでしたらいいんです。」
何も言わぬ俺に、申し訳なさそうに眉を下げてまた地面に手を滑らせる彼。
ぐるりとそのあたりを見回すと、自販機から少し離れたところに光る硬貨。
「…しかたないか。」
諦めたように立ち上がった彼。俺の手の中には彼が探す500円玉。
肩を落として歩いていく背中を見て、俺は焦る。
『…っありますよ、ここに。』
すると、今まで喉でつかえていた言葉が嘘だったかのようにつるりと綺麗に生まれてきた。
「え！本当ですか！ありがとうございます！」
何年かぶりに聴いた自分の声は思ったより低かった。
「いやぁ、助かりました。ほんとに。…手に握らせて貰えますか？」
差し出された手は、地面の汚れで黒くなっている。
それでもその間から覗く、明るい白。…彼そのものの色だと思った。
そっとその小さな手に硬貨を握らせると、白杖をつきながら自販機の前に行く彼。
「あ、お礼に一本差し上げます。何がお好きですか？」
『…ブラックコーヒー、が、この中だと、』
「ブラックコーヒーは確か、1番下の段右から3番目。」
がしゃん、と落ちてきたそれは間違いなくブラックコーヒー。でも、どうして。
「いま、見えないのにどうしてって思いましたか？」
くふっという効果音が似合うような笑み。いたずらっ子のような笑顔にこの時強く惹きつけられた。
彼はこころが視えるらしい。
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作者名：ばにら | 作成日時：2021年10月21日 11時
