コウモリ傘【灰谷竜胆】 (ページ42)

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【時間2】ページ42

「お支払いの処理は完了しておりますので、ベルトの調整をさせていただきますね。お連れ様もこちらへどうぞ」

「A、行くぞ」

「あ、私、外で待っ──」

ショーケースから顔を上げると、店員の女性は笑顔でスッとこちらと言われた方へ手を出している。「え？」と出そうになる声を抑えてひねり出した言葉は、腕を掴んだ竜胆さんに見事に遮られてしまった。

ほら、と竜胆さんに誘導されて、店員の女性に後ろを固められ案内されたカウンター。

「よくお似合いです！」と柔らかく笑う女性の視線の先には、丸っこいデザインの時計がベルトでしっかりと固定されている。腕に残る時計の僅かな冷たさと違和感が、これが現実なのだと告げていた。

「ベルトの不備もございませんね。なにか他に不備ありましたらご対応致しますのでいつでもお申し付けください」

「こんまま付けてくから」

「かしこまりました。元の時計はケースにお入れしておきます」

どうも、と短く返した竜胆さんの腕にも、大きさの違う同じデザインがサボることなく時間を刻んでいる。

「ありがとうございました。またのご来店を心よりお待ちしております」

綺麗な最敬礼で見送られた私達。フロアを歩いていても、私の視線は腕の違和感にあった。

「竜胆さん」

「何だよ」

「時計、いただけません」

吐き出した言葉とは裏腹に、胸の中にはむずむずとした感情がある。その感情が、頬の筋肉を弛緩させようと容赦なく攻撃してくる。

「破損と不良以外での返品交換は受け付けてねぇよ」

竜胆さんが、時計の保証書になった。
外解禁の日曜日。人が賑わう百貨店のフロア。ゆるゆると緩む頬を抑えようと、時計に視線を落としたままグッと奥歯を噛み締めた。

「あれ？A先輩、じゃないですか！」

弾かれるように上げた視線の先には、職場とは違うウェーブのかかった髪がふわりと揺れている。