コウモリ傘【灰谷竜胆】 (ページ36)

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【ふつふつと】ページ36

梵天からすりゃカタギの女一人、交渉の道具にすらならない。女ごと消すだけ。けど、そういう事態が起こった原因を作った俺らはなんらかのペナルティを被ることになる。

「まあ、どれもAちゃん消してれば済んだんだけどな〜」と天気の話でもするように間延びした声で言っている。
それでも兄貴がAを生かしたのは、Aが俺を助けたから。情け、みたいなモンだろう。

不利になる可能性を周りにバレないうちに摘むため、Aを囲ってる間に事を済ませる。そのためにしばらくあいつが外に出ないように仕向けた。

片すモンは片した。残党は時間を見つけて消していったから、情報が漏れる可能性はねえ。もちろん、これでA本人に手ぇ出す可能性も自動的に摘める、と。そう言って一本ずつ指を開いていく兄貴。

「梵天内で定着してる認識も事実にしちまえば問題ねえ。あと必要なのは？」

「……A」
　

そ、と短い返事が聞こえる。
言い返す余地のない的確な言葉にぐうの音もでない。

Aと一緒に過ごしていて、距離はあっても今のところ嫌われている様子はない。このままAの気持ちがマイナス方向に振り切れるのは困る。今回、外に出すのはAの気持ちが離れないようにするための──飴みてぇなモンだ。

「先に限界が来て逃げ出したらめんどくせぇだろ。お前、Aちゃんが逃げたらどうすんの？」

“逃げる”の三文字がのしかかる。繋ぎ止めるモンが何もねえ今、容易く想像できてしまった光景。Aは大事にしたいし、今だってしてるつもりだ。けど、もしAが離れようとするなら──。

背を向けようとするなら、逃げるなら、俺のにできないなら……。

頭に過ぎったAが隣にいないに光景に、ガシャンと頭の中で重たく張った鎖の切れる音が響いた。

「離す気ないし、逃がす気もねぇよ」

背を向けるなら壁に追い込んで、逃げるなら繋いで。俺のにできないなら、できるように手を回す。状況なんて作ればいい。一緒にいられないなら、泣いたって喚いたって隣にしか居場所がないように縛りつける。

枷が取れた気持ちが、自由になって這い出してきた。
気持ちは、すぐに胸に染みて溶けていく。

絶ッ対ェ、俺のにする。離す気なんてない。

「無駄に知恵だけは働くみてぇだから、目だけは離すなよ」

「ん、わかってる」

「帰んぞー」と言った兄貴の言葉を合図にサイドブレーキを解除した。