コウモリ傘【灰谷竜胆】 (ページ19)

今日:16 hit、昨日:1 hit、合計:27,250 hit

【究極の選択】ページ19

「私は……」

握り合わせた手に視線を落とす。どうしたいかじゃない。前者を選べば山か海。こんなの、選択肢があるようで実質後者一択じゃないか。

「どうしてぇの？」

「……生きたい、です」

「ん、決まりな」

出ずに消えて生きる……果たして、そんなことが可能なのか。具体的なことは何もわからない。けれど、とりあえずは生きていられる。

「……」

竜胆さんを見ると、驚いた表情。口をしっかりと結んで目を見開いたまま、こちらを見下してフリーズしていた。誰も動かない部屋の中で、デジタル時計の数字だけが動いている。

「今日からしばらく竜胆ん家から出ねぇこと」

「え！？仕事──」

「出ずに消えて生きるの意味わかってっか？」

「う……。で、でも、ここから出ない間の生活って……」

「外に出んのはなし。勿論、外と連絡取んのもなし」

「それって、“外”側では行方不明じゃ……」

声が震えた。見えたのは、最悪の未来。
「無断欠勤！？クビ！」上司から向けられる表情と言われるであろう言葉が頭の中を占拠していく。次いで浮かんだのは家族と親しい人達の顔。
どんどん寒くなっていく。恐らく今、私は青ざめているだろう。先が真っ暗すぎて、今すぐ頭を抱えて枕に顔を埋めたい。

「生活のことも、仕事のことも考えないでいいから」

「！」

ぎこちない動きで頬に置かれた手。触れ合ったところから、熱がじんじんと伝わる。それに持ち上げられるように顔を上げた。瞬間、思考が停止する。視線の先には、目を細めて顔を綻ばせた竜胆さんがいた。ゆっくりと優しい手付きで頬を滑っていく親指は、確かめるように何度も同じ動作を繰り返して、整った顔のその後には、大輪の花とキラキラ光るエフェクトが見えている。

「大切にする」

「…………は？」

「りんどー、しばらくっつったの聞こえてっかぁ？」

沈むスプリングと、膝と膝が触れ合う至近距離。頬はまだ手に捕まっている。手のひら一つ分の距離は、お兄さんの愚痴を聞いていた時と大して変わらないのに、今はすごく気恥ずかしい。

きっとこれは、頬に置かれた熱い手と、とんでもない勘違いをしている竜胆さんのせい──。