清水宅 ページ27
そうしているうちに、親父に宮大工の弟子入り話が入った。親父こそ乗り気だったが、嫁や子どもを置いておくのは不安だと愚痴混じりに清水に零していた。
単身赴任が怖いなら一家で行けばいいのに、とぽろっと溢れ出た清水の一言で親父は決心したらしい。
宮大工の親方は田舎に居を構えており、しばらくそこに滞在するとのこと。無論、一家のための家もあるという。
その間の留守を頼むぜ、という流れで清水が住まうことになったのだ。
「おう、そういやァ見たぜ。お前さんの新作」
「えぇ、もう? 早いなぁ」
「今のうちにサイン貰っとくか。ペンあるか?」
「万年筆ならあるけど……ちょっと待ってて」
「もう、アンタってば」
「大作家先生のサインなんざ、滅多にお目にかかれるもんじゃあねぇだろ。記念だよ、記念」
「そりゃあねぇ。岡 都々喜だっけ? アレがAとは思うわけないじゃないか」
「Aだって筆で身を立てるようになったんだ。俺ァ槌一本で立って見せらァ」
「そんなガクガクの腰で何を言うんだか」
「ほら、おやっさん。これ貰っていきなよ」
「おぉ!? なんだこいつぁ、やたら仰々しい表紙じゃねぇか」
「初版本。最後のとこに書いといたから、汚さないでよ」
「あらまぁ、でっかく書いちゃって」
「おい、これなんて読むんだ?」
「おやっさん、とうとう老眼鏡必要になった?」
縁側で過ごす時間は穏やかだ。ぐーすか寝こけていた子どもが起きて、記憶にない男を見てぎゃんぎゃん泣いていた。清水は会ったことがあるのだが、本人は覚えていないだろう。子どもにとってははじめましてだ。
知らない人がいる、どろぼうだ、などと言われても笑いしか出てこない。盗っ人が縁側で菓子を食うだろうか。
この人はね、とおかみが説明しても納得いかないようだ。だろうな、とは思う。
しばらく親父の背に隠れていたが、菓子を差し出すとすぐに懐いた。ただのおかきだが、お気に召したようだ。
ぼりぼりとおかきを噛み砕く子どもはおねだりを覚えたようだ。もっと、と伸ばす手のひらに多めにおかきをあげた。
そうして、ゆっくりゆっくり時間を過ごし、そろそろ汽車の時間があるからと一家は家を後にした。子どもは親父の背で寝ていた。
夕方になると風が冷たくなる。ぶる、と肌を撫ぜる冷えに肩を竦め、早々に戸を閉じた。
火鉢を出し、炭と木屑に火をつけて暖を取った。
今日は鍋にしようと決心しつつもしばらくその場を離れることは無かった。
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うす - 更新ありがとうございます…!この作品が大好きです応援してます! (9月19日 22時) (レス) @page50 id: d6b5e366a4 (このIDを非表示/違反報告)
oyz031(プロフ) - とても面白く、興味深いお話で続きが気になります。応援しています (8月30日 0時) (レス) @page49 id: 7ddb3de917 (このIDを非表示/違反報告)
きのこ - いつまでも更新お待ちしております、! (5月21日 18時) (レス) id: c35eeb83bd (このIDを非表示/違反報告)
レイ(プロフ) - 最近めちゃくちゃ更新されてますね!すごく楽しみにしてるので嬉しいです!無理のない範囲でこれからもお願いします! (4月22日 20時) (レス) id: 19052b8914 (このIDを非表示/違反報告)
モブ - ものすごくこの小説が大好きです!次の話に進むたびドキドキしてしまいます...!!! (2023年3月24日 2時) (レス) id: 24c7afdf4d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:pillow | 作者ホームページ:
作成日時:2021年3月1日 15時