くだらぬものと、封をした ページ21
「……おい」
戻ると、家主が伏せっていた。否、寝落ちたという方が正しいか。
猪口は盆に置き、膝を丸めて横たわっている。無理もない、就寝時に起こして飲ませたのだ。元々酒に強くない彼にとって、高杉が好む水は刺激が強い。
すっかり火照った温度が耳まで侵食している。普段は血色がさほど出ないというのに、酒を飲んだときばかりは林檎のように熟れる。
頬に滑らせた指先から、じわりと熱が伝わる。そういえば、眼鏡は掛けていなかった。無理矢理起してきたのだから、寝床に置いて当たり前だ。
眉間に寄った皺に親指を当てて、ぐりぐりと解してやるとすっと緩んだ。あどけない寝顔を肴に、猪口を満たすアルコールをぐっと飲み干す。
静かな夜だ。こうも音がないと、俗世から切り離されたように感じる。
家主の寝息、ちゃぷんと揺れる酒瓶、風に遊ばれる庭の葉先。人の気配に敏感な高杉が、こうも獣の呻きを潜める日はそうそう無い。攘夷戦争の夜でさえ、幕軍の殺気は嫌でも肌に刺さった。
攘夷軍も似たようなものだ。天人の軍勢に対する怒り、国を貶めんと画策する幕軍への怨みは山ほどあろう。特に、高杉が率いる鬼兵隊にはそういった輩が多かった。
師を奪われ、勝てば望み通りになるとばかり思っていたあの頃。無知ゆえの若さか、ただひたすらに突っ走っていた。
左目を失い、師を喪い。そして、いつしか仲間も消えていた。
獣の矛先は、今も変わらない。師を奪い、そのような事実さえも無くして平穏に見せかけたこの世の全てを破壊する。
例え、傍らで羽を休める鷹の首を獲ることになろうとも。
「……アホ面晒してんじゃねェよ」
寝首を搔くことすら、頭にないのだろうか。かつての同門と対立し、江戸全てを火の海にせんとするテロリストが居るというのに。
彼の中で、高杉晋助の存在が変わったのは手に取るように分かる。噛み跡を残したあの日、彼の目は揺らいでいた。
それが気に食わない、と思った。恐れるな、とも。
幼い頃から面倒を見てきた性分だろうか。似合わねぇ、と自身に吐き捨ててもそれを否定できない自分がいる。
清水Aの視界を与えたあの日から、同門という括りでは表せない別の感情が燻っている。
「慕情なんざ、抱える奴の気が知れねぇな」
んん、と身じろぐ男のかんばせを向かせる。眼は開く様子がない。
しゅる、と衣擦れの小さな音さえも大きく響く。帯が茣蓙に垂れた。
雲がまた、青白い光を覆う。
重なった影も、呑み込まれた。
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うす - 更新ありがとうございます…！この作品が大好きです応援してます！ (9月19日 22時) (
レス) @page50 id: d6b5e366a4 (このIDを非表示/違反報告)
oyz031(プロフ) - とても面白く、興味深いお話で続きが気になります。応援しています (8月30日 0時) (レス) @page49 id: 7ddb3de917 (このIDを非表示/違反報告)
きのこ - いつまでも更新お待ちしております、！ (5月21日 18時) (レス) id: c35eeb83bd (このIDを非表示/違反報告)
レイ(プロフ) - 最近めちゃくちゃ更新されてますね！すごく楽しみにしてるので嬉しいです！無理のない範囲でこれからもお願いします！ (4月22日 20時) (レス) id: 19052b8914 (このIDを非表示/違反報告)
モブ - ものすごくこの小説が大好きです！次の話に進むたびドキドキしてしまいます...!!! (2023年3月24日 2時) (レス) id: 24c7afdf4d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：pillow | 作者ホームページ：
作成日時：2021年3月1日 15時
