【天王()】表裏一体な毎日【短編集】

第一次まとも戦争�� ページ10

頬を伝う赤い筋。
　それを拭う彼女の手も傷だらけ、フードはすでに脱げており、走るたびにニワトリの頭がばさばさと揺れる。
　眼鏡はとうに何処かに飛んでいった。
　飄々とした顔のじのに対し、肩で息をするめいろ。両手には何も持っていない。

「とっとと降参しようか！」

「嫌だ！」

「素直！」

　じのは左手でナイフをくるくると回すと、刃先をめいろに向けた。
「知ってるゾ。めいろさんは長期戦が苦手。というか肉弾戦そのものが苦手。そうでしょ？」

「う……。というか……」

　言い淀むめいろ。目があちこち泳いでいる。
　そのめいろめがけて、再びナイフを投げつけるじの。めいろは「ヒエッ」と声を上げてしゃがみ込む。

「最初の奇襲でうりさんを脱落させられたのはラッキーだったね。彼女も奇襲が得意だし。…まあ、彼女には脚で戦う方法を妻や栗さんに伝授してもらうとして」

　じのはそう言って、両手を広げた。
　いつの間にか黒い手袋を身につけた、その両手を。

「…………！」

　瞬間、『ぞわり』とめいろの全身に鳥肌が立つ。
　ーー否。これは、鳥肌なんて優しいものではない。



「曲弦糸(きょくげんし)……！」



　使わせてしまったか、とめいろは心の中で激しく後悔する。
　重力・反発力・摩擦力・遠心力…はたまた滑車の定理など、この世に満ちあふれる様々な力を駆使して糸を操る曲弦師。特に室内では最強の戦闘能力を誇る。

　じのはそのエキスパートだった。

「どうする？ 今ここで私が終(つい)っと指を降ろせば、めいろさんの人生も終わるけど」

　部屋全域に投げられたナイフは、糸を部屋中に張るための手段。
　すぐにトドメを刺さなかったのは、手袋をはめるための時間稼ぎ。
　もう指一つ動かせない。
　小指を少しでも震わせようものなら、震えた瞬間、その小指は輪切りになってどこかに飛んでいくだろう。
　めいろの全身にはすでに、見えない糸ががんじがらめに張り巡らされている。
　あれだけ部屋中を走り回ったのだ。

「ご…ごめんなさい」

　なるべく口を動かさないようにしながら、めいろは言う。出来ることなら土下座をしたかったが、土下座と同時に自分の身体が文字通り『千切り』になることを彼女は知っている。
　戦場で、今まで何度も見たことがある。

「じのさんが一番まとも。貴女に忠誠を誓います。というかとっくに誓ってます。貴女が第一裏天王()なんですから！」

「本当かなー？」

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