【天王()】表裏一体な毎日【短編集】

白い部屋�� ページ25

勿論歩みは止めないままで。歩幅も大股のまま変えない。出来ることなら撒いてしまいたいのに、女はぴたりと後をついてくるし、いつまでたっても大通りに出ない。あれ？おかしいな？こんなに長い道だったっけ？私、まだふらふらしてる？
　そうか、多分、何らかのアクションを起こさないと終わらないんだ。
　だから私は歩くのをやめた。
　女はまるで分かっていましたとばかりに同時に歩みを止め、一歩うしろから「白い部屋、好きですか？」と再度問いかけてくる。私は振り返る。

「けもぉ」

　あーはいはい、分かりましたよ。
　そういう意味での独り言だった。
　言うならばため息に近い。
　だけど女は何をどう勘違いしたのか、それを返事だと解釈してしまったらしく、ずいっと一歩踏み込んできた。

「白い部屋、好きですか？白い部屋、好きですか？白い部屋、好きですか？」

　鼻息がかかる。だんだん早口になるせいで唾もかかる。ぞわり、と寒気。嫌だ。やめて。そんな簡単にパーソナルスペースに入って来ないで。なのに顔がまだ見えない。気色悪い。

「白い部屋、好きですか？白い部、好きですか？白い部、好きですか？白い部、好きですか？」

「けもぉ〜！うるさい〜〜〜！消えろカス〜〜〜〜〜！！！」

　思わず5番を選んだ。仕方ないね。天王()に平和主義者なんていないんだよ。
　今はそれよりも、この女をどうにかするのが最優先。突然暴れだしそう。懐から包丁とか取り出しそう。狂ってる。なんだこの女。

「白い部、好きですか？白い部、好きですか？白い、好きですか？」

　女は私が何か答えるたびにより一層高い声になっていく。金切り声みたいな。耳がキーンとする。しかも早口だから何言ってるか分からない。心なしかどんどん一言一言が短くなっている気もする。でも何よりも一番に感じるのは、言いしれない恐怖。
　女は興奮しているのか、どんどんフードがずれてくる。頬が見えた。鼻が見えた。

　このまま目も見えてしまったら、どこかに連れて行かれるんじゃないか。

　怖い。怖い。怖い。ひたすら怖い。でも、動けない。どうして。怖い。動いて。
　念じても念じても、金縛りにあってしまったみたいに、足は動かない。私は目の前で起きる現象から目を離せない。
　怖い。助けて。助けて、誰か、誰か――。

「けもさん！」

　聞きなれた、大人の男性の鋭い声。
　同時に左腕を強く捕まれハッと我に返る。

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