9.欠けた月を恋う ページ9
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別れようと言われた先週の土曜日。ほかに好きな人が出来た、ごめんと言う瑠姫の顔を見られなかった。
もうずっと心がここにないのを分かっていた。
それでもそばにいてほしかった。
口を大きく開けて笑うところ、左耳だけに空いたピアス、照れたどや顔、口いっぱいに物をつめこむところ、不器用なところも好きだった。
大好きだった。
でも、もう私の場所じゃない。
▽
夏休みの最後の日、いつもの居酒屋で同期との飲み会。友達の友達もいたりして結構な人数になった。これ何人いるんだ?
純喜くんと会うのも実は久しぶりだった。
最後に会ったのはまだ太陽がカンカンに照り付ける真夏日だった。
何度か純喜くんから連絡がきたけれど、忙しいと言って会わなかった。景瑚から純喜くんが寂しがってるよと言われたけど、スタンプだけ返した。
もう夜は少し肌寒い季節になった。
隣に座った景瑚がA!この前の飲み会の分も飲め!って飲ませるから、完全に飲み過ぎた。足元が揺れている。
あんなに飲ませたくせに景瑚は私を置いて先に帰った。絶対に許さない。
まっすぐ歩けなくて、仕方なく人気の少ないベンチに腰かける。だめだ、もう本当に。
「Aちゃん、水のむ?」
ペットボトルの水を差し出してくれるのは純喜くん。
ありがとうとごめんを伝えると、キャップをあけて渡してくれる。優しい。
あ、やばい、と思った時には遅くても目頭が熱くなる。
「Aちゃん飲み過ぎ。なんかあったんやろ」
と心配そうに見つめる目が苦しい。
「へへ、別れちゃった、好きな人ができたんだって。そんなこと言われたら引き下がるしかないじゃんね。今更私が何を言っても、何をしても心は戻ってこないでしょ。だから、うん。」
「頑張ったな。Aちゃんがいま世界で一番偉いで。せやから思いっきり泣いとき。」
引き寄せられて純喜くんの胸が頬にあたった。腕が背中に回る。
オレンジ色のチェックシャツ越しに体温と鼓動が伝わる。
温かい腕の中、アルコールの匂いに混じってせっけんの香りがする。
ぼろぼろと零れ落ちる涙が止まらない。
こんな情けない姿見せたくなかった。
シャツ汚れちゃうよと言っても一層抱きしめる腕に力がこもった。
「純喜くんにばっかりこんなとこ見られちゃって恥ずかしいな、ごめんね」
「そんなとこももっと見せてや、もっと頼って、一人で泣かんといて」
純喜くんは優しい。だから困る。
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名無し96612号(プロフ) - コメント失礼します!いつもふふさんの作品大好きで密かに読まさせてもらってます!降り注ぐ幸福の下でが見たいのですが、友達申請してもよろしいでしょうか? (2023年1月31日 23時) (レス) id: 4a8c56b8ae (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ふふ | 作成日時:2021年4月20日 16時