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【錆兎】その響きはむず痒くも心地よく ページ5

「よく似合っていますよ」

「洋装か……少し窮屈に感じていたが、貴女にそう思って貰えるのなら悪くは無いな」


髪を束ね、燕尾服を身に纏った錆兎は、誰がどう見てもこれまた男前である。
白手袋もいい仕事をしている。


「それにしても驚きました。あの父から無傷で1本を取るとは」

「まぁ、鍛えているからな」

「謙虚な人なのですね。仮にも軍の影の将軍を相手に勝ったのですから、少しくらい誇ってもバチは当たりませんよ」


昔の貴女の方が俺よりずっと腕の立つ武人でしたよ。

という言葉は飲み込んで、錆兎は適当に相槌を打った。


「さて。改めて、俺は錆兎という」

「はい、私は藤咲Aです。これから護衛兼執事としてよろしくお願いします」

「あぁ、任せてくれ。末永く貴女を守ってみせよう、お嬢様」


お嬢様。初めて口にする単語であり、更に昔は先輩と慕っていた相手をそう呼ぶのは何だが気恥しい。


「期待しています、錆兎」


『錆兎君』

あぁ、何年ぶりだろう。この人に名前を呼ばれたのは。心が温かさと侘しさとで膨れてゆく。


「……? どうしました、錆兎」

「いいや。何でもない」


昔とは少し違う響きがむず痒くて

かつてあった親愛の声音が無いことが切なくて


それでも矢張り

その声に呼ばれるのは心地よくて


「夕飯前だが、1杯茶は如何だろうか」


らしくもなく、目の奥が熱くなるのだ。


「俺は専ら(もっぱら)日本茶しか淹れたことが無かったが、貴女が西洋の茶を好むと聞いてな。練習してみたんだ」

「それは、嬉しいですね。是非。頂いてもいいですか?」


柔く微笑んだAに錆兎は満足気に頷いて


「あぁ、すぐに用意しよう」


部屋を後にした。

この人が心穏やかに生きていくのを、こうして傍で見ていられるのならば。

使用人という選択肢は咄嗟に願い出たものの、案外いいものかもしれない。





**オマケ**


「美味しい……美味しいです。沢山練習してくれたのですね」

「いや、雇用契約書等少し雑務があってな。練習したと言っても、半刻ほどしか時間が無かった……」

「えっ、そうなのですか。錆兎は器用なのですね。これは真菰のライバル現るですね」


「真菰……!!?」


「はい、先日から休暇を取っている私の側仕えをしてくれている女中です。何でも、実家のお店を手伝うそうで。護衛として雇った錆兎に執事の仕事まで頼んだのはそういう訳なのですよ」


錆兎さんは何でもそつ無くこなして欲しい。という願望

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作者名:ひよこまめ | 作成日時:2019年12月10日 19時

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