名前のない家族 【文豪ストレイドッグス】

家族になって八日目 ページ30

窓の外はすっかり夕焼け色に染まり、吊るされた風鈴が生温い風で力なく揺れていた。時計は六時を半分すぎた頃を示している。

しばらく勉強を続けて、一応中学一年の中頃までの学習を終えた。深く突き詰めずに内容をなぞっただけに過ぎなかったので、浮き彫りになった苦手分野の復習や、社会や理科といった科目の膨大な量の暗記など課題はまだまだ山積みであった。

「ふむ、なかなか進んだじゃないか。初めはどうなることかと思ったけれど」

「太宰さんスパルタ過ぎますよ。途中からAちゃん涙目でしたよ？」

『やっぱり太宰治なんて嫌い、大嫌い...』

顔を盛大に歪ませて文句を唱えていると、玄関口の方から失礼という聞き覚えのある声と共に、扉の開く音が聞こえた。勢いよく振り返った先に居るのは真っ黒な彼。

「芥川！ 何故お前がここに」

私が名前を呼ぶよりも早く食ってかかったのは白髪の青年。確か、中島敦という人。なんだか負けた気分になって不貞腐れていると、青年の手が突然獣のように変化する。

『え...？』

「構えるな人虎、Aが怖がる。僕はただの迎えだ」

そう言ってすたすたとその横を通り過ぎて私の元へと歩み寄ってきた芥川さんに向けて、不思議そうに首を傾げる。不安の入り交じった瞳に彼も気が付いたようだった。

目線を合わせるように膝を曲げた男に、がしっと両肩を掴まれる。

『芥川さん今のって』

「見間違いだ。何も無かった」

『え、でもあの人の手、猫みたいになって』

「気のせいだ。現に今は普通の手だろう」

『いややっぱり』

「幻だ」

『う、うん...』

とてつもなく強い眼力に困惑しながらも頷くと、彼はすくりと立ち上がって、片手に荷物を、もう片手で私の手を持つ。

「中也さんは今日は少し帰りが遅くなるとのことだ。故に、代わって僕が迎えに来た。食事も僕と共に外で済ませろと言伝を預かっている」

『芥川さんはもうお仕事終わりなの？』

「否、夜に再び戻る予定」

『だったら家でゆっくり休んで。ご飯くらい私で何とかできるよ』

「笑止。これしき僕の負担になることなどない。それに今日は、お前と食事をしたい気分だ」

『嘘でしょ』

『真だ、行くぞ』

手を引かれるがまま、光の指す場所を後にした。

**

「なんだァい、案外きちんと懐いてるんじゃないか。ポートマフィアも悪くないのかねェ」

「さぁ。私には理解出来ませんね」

不要な紙で散らばった机上を、太宰は寂寥の瞳で見つめていた。

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