10月、恋は現在進行形。【まふまふ】【お話つめあわせ】

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がたん、と電車が動き出す。


学校や会社に行きたくないなあっていうだらけた空気と、朝の少しきりっとした空気が混ざり合った独特の空気を、若者たちは容赦ない大声でぶち壊していく。

しんとした車内にぎゃーぎゃーと声が響いて、正直ほんと勘弁してほしいけど、自分から絡みにいくなんて自滅行為だれもしない。
見て見ぬふりは、都会に染め上げられた大人たちの得意技だ。


あー、あいつら歩き回り始めたよ。
頼むからじっとしていてほしい。こんなにぎゅうぎゅうなんだから。

周りの乗客たちは、身体がぶつからないよう、若者たちを避けて道をつくる。
のっしのっしと車内を歩く若者たちは、さながらモーセのよう。

うわっ近づいてきた。
みんな面倒ごとに巻き込まれたくないから、目をそらしているのがわかる。
私もそれにならって、必死に目をそらす。



「おー、ずいぶん久しぶりじゃん。」

私から少し離れたところで、一人の若者がふいに大声を出した。
喜んでいるように、悪巧みをしているように、ねっとりとした声を上げて進んでいく。



ばさり、と何かが床に落ちた音がして、目線をおそるおそる持ち上げる。


それは、数秒前まであの子が読んでいたはずの数学の参考書。


持ち主の彼は、

「信じられない」というように、ぱっちりした目を大きく見開いて、

今にも崩れ落ちてしまいそうになりながら、

目の前に立ちふさがる若者たちを見上げていた。



「相変わらず勉強熱心だな、ガリ勉くんよお。元気か？ あ？」

若者はそう言うと、あの子の髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜて、力いっぱい引っ張った。
絹のように繊細な髪の毛が、私の混乱した心と同じくらいぐちゃぐちゃになっていく。

あの子は小さく悲鳴を上げた。
蚊の鳴くような、ほんとうに小さな小さな声で。

「お前の声ってマジで女みてぇだよなー」

髪の毛から手を離すと、不快な笑い声を上げながら、間髪入れずに胸ぐらをつかむ。


近くにいた女子高生が息を飲む音が、かすかに聞こえた。

周りの大人たちも、どうなるのかと落ち着かない目線を投げている。


私は、凍り付いたように動けなかった。

あんなに心の支えにしていたあの子が、若者に絡まれているのに。

何もできなかった。

こんなんじゃ、周りの大人たちと一緒じゃないか。

ぎゅっと強く目をつむる。
目を開ければ、これは夢で、あの子は変わらず参考書を読んでいるんじゃないかと思って。



身体とガラスがぶつかる、鈍く重い音がした。

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