１話 ページ1
視界の端にコーヒーカップが滑り込んできたので、Aは辞書をめくる手を止めた。
翻訳作業をする間だけかけている眼鏡を外し、眉間を揉む。ソーサーに添えられた百ジェニー硬貨をレジドロワーに入れ、傍らのコーヒーメーカーからサーバーを引き出した。
「お砂糖とミルクは？」
「いや、いらない」
ブラックのコーヒーをカップに注ぎ、ソーサーごと返す。青年は取っ手を指先でつまむようにして持ち、香りを少しだけ楽しんで一気に半分ほど飲み干した。
乱暴な飲み方だが、やけに決まって見えた。全く珈琲の似合う人だわ、と思う。
Aは古ぼけた本を丁寧に閉じ、辞書と原稿用紙とまとめてレジカウンターの下に備えた棚にしまう。気がつけばもう四時半を過ぎており、閉店時刻まで三十分を切っていた。
「クロロさん。そろそろお店を閉める時間なのですけど」
「分かってる。もう少し待ってくれ」
青年──クロロは、手元の本から視線すら外さずに本日四度めのセリフをくり返した。
彼のために用意した丸テーブルには、とても一人では持ち帰れそうにない大量の本が山積みになっている。ジャンルは雑多で統一感がない。いつものまとめ買いである。
クロロは大抵の場合冷やかしだけで帰るのだが、時々とんでもない量の本をまとめて買っていく。
本棚の一段を丸ごと空にしたこともあるから恐ろしい。会計額が五桁では済まないこともしばしばだ。
彼はそのおびただしい量の本たちを、車に載せたり何日かに分けたりして全て持ち帰る。
どうやら今日は知り合いが運ぶのを手伝ってくれるそうなのだが……昼頃に来たクロロがそう言ってから、すでに三時間以上が経過している。その間コーヒーメーカーを三度もスタートさせた。
この時間帯にほかの客が来ることは滅多にないから、居座ること自体は迷惑ではないが、事前の知らせなしに大量の本を置いていかれるのは困る。
万一のことがあったとき、保管場所をしっかりしていなかったら店側の責任問題になってしまう可能性があるからだ。
「五時になってもお知り合いの方がいらっしゃらなかったら、無理にでも持ち帰って頂きますからね。袋くらいはお貸ししますので」
「大丈夫。あいつはルーズなやつだから、最初から早めの時間を伝えてある。そろそろ来るさ」
クロロがそう言うと同時に、店のドアベルが鳴った。
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でぶき - 更新これから頑張って下さい!!🐼 (2022年6月11日 10時) (
レス) @page4 id: 804c35253a (このIDを非表示/違反報告)
リメ(プロフ) - くらげさんの新作、ずっと楽しみにしていました、！！ 長女たるものかくあるべし！の方は何度も何度も読み直させて頂いていて、文の書き方が本当に本当に好きです！お体に気をつけて更新頑張って下さい(´･･`)！ (2020年5月14日 15時) (レス) id: d23165a5ce (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：くらげ | 作成日時：2020年5月9日 23時
