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一人の男性がAに近付いたと思えば、顔色一つも変えずに抱えた。
まるで俺はその場にいないと同然のような動きで。
「待て、Aを何処へ連れて行く気だ！！」
「勘違いするな、豪炎寺修也。これは誘拐ではない、正式な契約の元、成り立っている」
「契約？」
「そうだ」
別の男性に抱えられているAは未だに苦しそうな表情を浮べている。
彼女の状態に誰も興味を示さないのだ。
可笑しい。今のAを見て心配の声も掛けないなんて。
「この事はご内密に」
そう言って大人達はAを抱えて去ってしまった。
……先程の出来事は一日の時間の中では本の10分程度のものだろう。
だが、その10分間は決してただの10分間ではなかった。
さっきまで目の前にいたのは間違いなくAだった。
別人のように変わっていたけれど、きっと何か理由があるはずだ。
あの黒いスーツの大人達とAは一体どんな関係があるんだろうか。あの発言を信じたくはないが、よく考えればAが行方不明だとは一言も言われていない。報道だって流れていないんだ。
「……A」
一体お前の身に何が起こったんだ。突然部活を抜けて帰ったあの日、何が遭ったんだ。
試合後の夕方、会場の長い廊下で俺はずっとそのことを考えていた。
＊＊＊
「また
そこにはベッドに横たえられたAと、白いスーツを身に纏った男性……『御堂院宗忠』がいた。
「はい。今回の原因は星章学園が使った“デスゾーン”によるものと推測されます」
「フン。……表面上は何もかも忘れてしまっているように見えるが、根本的なものは忘れていないようだ」
「如何致しますか」
「今回も同じ処置をしておけ。……こればかりは表に出てこねば隠す事はできまいよ」
御堂院は側にいた一人の男性にそう伝え、部屋を出ていった。
「言うなれば“本能”に近いものか。……難儀な奴だ、AA」
御堂院が部屋を退出して数分後、Aの目が開かれた。
「自分が誰だか分かるか」
「……はい。自分はAAです」
少しだけ抑揚のない声でAはそう答えた。
その瞳には光は宿っていなかった。
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作者名：恵野 | 作成日時：2021年6月6日 0時
