海底王国奇譚９ ページ22
更にはこのムウレアではその海の民達と共存しているのだから、人間の感覚では到底理解できない事実である。
国が変われば価値観も変わる、それは分かっているつもりだったが、ムウレアの、特に魚の価値観はAの許容範囲を遥かに越えていた。
再び人の姿でも移動できる場所に差し掛かって来た時、同様に魚の姿になったマルティナとグレイグと会った。
初めはやはり戸惑ったが、声と雰囲気からすぐにお互いが分かった。
「２人とも、魚でのムウレア見学は楽しんでる？」
「ええ、とっても。まさかこんな経験ができるなんて思わなかったわ」
「それはよかったわ。…あら、ここは…」
ある１件の家が妙に気になり、４匹で立ち寄ってみる。
中はピンクを基調としており、サンゴ礁や貝殻で飾られた可愛らしい構造だった。
奥には夫婦で使いそうなツインベッドも見える。
だがいるのは１匹の人魚だけ。
不思議に思ったAは、人魚に挨拶をした。
「こんにちは。突然お邪魔してごめんなさい。ここは貴方の家ですか？」
「いいえ、私はこの家の家政婦をしているの。ご婦人はロミアさんっていうとっても綺麗な人魚なのよ」
Aからすれば、人魚はみんな綺麗に見える。
その人魚がとっても綺麗と言う程のロミアって、どれほど美しいのだろうか。
そう思いながらマルティナを見やると、マルティナの表情が曇っていた。
人魚はそれに気づかず、言葉を続ける。
「実はね、この家にはもうすぐ人間の男の人が引っ越してくる予定なの。ロミアさんが結婚の約束をしたんだって。だから、たとえお家の持ち主がいないとしても、お掃除の手は抜かない主義なの。いつか戻ってくるかもしれないしね。さっ、今日も張り切ってピカピカにするわよ〜。あ、よければごゆっくりしてらしてね」
人魚がいそいそと作業を始めるのを確認し、マルティナはそっとAに囁いた。
「この家のロミアさんと、実はあった事あるんだけど…でもその後、彼女の結婚の相手、大分昔に亡くなっていた事が分かったの。私達、どうしてもそれを打ち明けられなくて、未だに待ち続けているのよ。もうこの世にいない、恋人をね…」
「……」
真実を打ち明けられなかったと言うマルティナを、責める事はできない。
Aとてその場に居合わせたなら、正直に話したかどうか自信がない。
「そんなに、キナイさんの事を想っているのね、ロミアさんて」
「だが、真実を知ってしまった側としては酷な事だな」
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作者名：遠山すずか | 作成日時：2018年10月31日 10時
