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一通りが終わったあと、信治郎が二人の前へ来た。
その顔は、当主としての顔でもあり、父としての顔でもあった。
多くは語らない。
でもその口から出る言葉の重みは、Aにも北斗にもよくわかった。
「松村くん」
「はい」
「娘を頼む」
そのひと言に、北斗は迷いなく頭を下げた。
「必ず」
短い返事。
でも、それで十分だった。
信治郎は次にAを見る。
しばらく何も言わずに見つめたあと、低く言った。
「堂々としていけ」
前夜に言われた言葉と同じだった。
そのひと言が、Aの胸を強く打つ。
「はい」
今度は涙ぐまず、ちゃんと答えられた。
信治郎はほんの少しだけ口元をゆるめ、それから静かに頷いた。
それがたぶん、この人なりの精いっぱいの笑みだった。
⸻
すべてが終わり、いよいよ南雲家を出る時になった。
屋敷の門前には、必要な見送りの者たちが控えている。
絹代はもう泣いていた。
ほかの女中たちも、目元を赤くしている者がいる。
Aはひとりひとりへ頭を下げた。
「お世話になりました」
その言葉だけでは足りないくらい、いろいろなものが胸にあった。
けれど今は、きれいに言うことしかできない。
最後に、信治郎へ向き直る。
何かを言おうとして、でも声が詰まる。
すると信治郎の方が先に言った。
「行きなさい」
その一言で、胸がいっぱいになる。
Aは深く頭を下げた。
「……行ってまいります」
“行ってきます”ではない。
もうこの家へ日々を生きるために戻ることはないのだ。
それでもその言葉を選べたのは、前夜に“何かあったら帰ってこい”と言われたからかもしれなかった。
北斗がそっと隣へ立つ。
門を出る直前、Aは一度だけ振り返った。
南雲家の屋敷がある。
長いあいだ自分を縛り、同時に育てもした場所。
その前に、父が立っている。
泣いてはいない。
ただ、まっすぐこちらを見ている。
Aはもう一度だけ、小さく頭を下げた。
そして前を向く。
北斗が静かに言った。
「参りましょう」
「……はい」
その声に答え、Aは歩き出した。
今度は、うつむかずに。
秋の空は高く澄んでいた。
風は少し冷たい。
けれどその冷たささえ、新しい場所へ向かうためのものに思えた。
南雲家の養女として生きてきた娘は、この日ようやく、自分で選んだ未来へ踏み出したのだった。
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mauri(プロフ) - (^-^)さん» コメントすごく嬉しいです、!こちらこそお付き合い頂けて本当に有り難いです、!後日譚でもキュンキュン用意してますので、是非よろしくお願いいたします! (3月22日 1時) (
レス) id: 29c379210f (このIDを非表示/違反報告)
(^-^) - とても楽しく読まさせて頂きました。心温まるストーリーとお言葉に、キュンキュンさせられました。続篇とても嬉しいです。これからも楽しみにお待ちしております。 (3月22日 1時) (
レス) @page50 id: 0f3b89c895 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:mauri | 作成日時:2026年3月14日 23時


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