別れる準備をしていても (in×ar) ~おまけ~

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そうして何故か3週間前の夕飯に、


遅れずに時間ぴったりで帰ってきた伊野ちゃんを不意に思い出した。









俺の言った通り、8時ぴったりに帰ってきて


俺の顔を見た伊野ちゃんはまた少し悲しそうな顔をした。


俺はそういう時の自分がどういう顔をしているのか知らない。


でも多分、不安な顔をしてしまっているんだろう。









自分の表情筋はいつからこんなに


伊野ちゃんにわかりやすく働くようになってしまったのか、


と小1時間問い詰めたい次第だ。


そういう時決まって俺を抱きしめて、


「遅くなってごめんね…」と言うのも伊野ちゃんだ。









そう言う時の伊野ちゃんの表情は顕著だ。


全面で『ごめん』とか


『嫌いになった？』とか突き出してくる。









俺は伊野ちゃんより小さいから精一杯腕を回しても、


モデルをやってる伊野ちゃんの広い背中全てを囲うことができないから、


抱きしめ返そうとすると必然としがみつくみたいになる。


ぎゅっ、と後ろで交差された伊野ちゃんの腕が強まると、


伊野ちゃんの髪の毛が鼻先にかかって何だかいいにおい。









「伊野ちゃん」








「ん…？」








「いのちゃんのにおいがする」








「え！」









途端に嬉しそうに、


伊野ちゃんは俺の肩口に顔を埋めてぐりぐり首を振る。


空気ががらりと変わったのが分かって、


俺も伊野ちゃんもほっとしている。


いいにおい。


伊野ちゃんの香水のにおいだ。


他に混じり気のない、


伊野ちゃんのにおいがする。


動物的な動きだと分かっていながら、


俺も伊野ちゃんの首元に髪を押し付けるように首を振る。


これは俺のものって、においをつけることができて、


周りも犬並みの嗅覚でそれを悟ってくれたらいいのに。









「大ちゃんと、おいしいにおいがする」








「夕飯できてるよ、一緒に食べようと思って、頑張った！…食べてくれる？」








「もー大ちゃん…」









当たり前でしょ、と


伊野ちゃんは言いかけて口を噤んで、


抱きしめていた腕を少し緩めた。


見上げれば、少しだけ悲しそうな、


ごめんね、って顔で微笑む伊野ちゃんがいる。


伊野ちゃんの綺麗な目の中に、試している俺がいる。


俺も黙って伊野ちゃんが何と言うか待っていた。


無かったことになんてできない、


俺たちの最低で最悪な思い出。









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