08. ページ8
＊
約束の時間の5分前に着いたのに、
すでに深澤さんはそこで待っていた。
日中の駅前は人が多いにも関わらず
遠目からも分かる、細身の身体と丸まった背中。
今日は眼鏡をかけている。
近寄るわたしに気付いて手を振る深澤さんは
本当に恋人に見せるような笑顔だった。
「今日もかわいいねえ」とさらりと言ってのけ
じゃあ行こっか、と歩き出す。
隣を歩きながらチラッと深澤さんを見ると
「ん？」とこちらを向く。
「俺の横顔に見惚れちゃった？」
「ち、ちがいます、今日眼鏡だなって」
「あー、オフの日はね。
これ取っちゃうとマジでなーんにも見えないの」
でもAちゃんの顔だけは分かるかも！と笑う姿は、とても親しみやすい。
ずっと気になっていたことを訊ねる。
「翔太になんて言ったんですか？」
深澤さんは一瞬何かを考えるように口をつぐみ、
すぐに
「Aちゃんは気にしなくていいよ。
お望みどおり、連絡は来なくなったっしょ？」
とにこやかに言った。
「恋人ごっこの間は俺に集中してほしいなあ」
その笑顔には��これ以上聞くな��と書いてある
…気がした。
「俺、ベッタベタのデートに憧れるんだよね〜」
と言った深澤さんは、映画館に向かう。
暗い映画館の中で、なにかされるのではと身構えていたけれどそんなことは杞憂だった。
肘掛けに置いた手を握られることもなく
映画のキスシーンと同時にキスをされることもない。
映画を観終わり、カフェで感想を話すときも
日が暮れてきて夕ご飯を食べるときも
タクシーで家まで送ってくれる車内でも
深澤さんがわたしに指一本触れることはなかった。
それどころか面白い話や冗談で笑わせてくれたお陰で、抱いていた警戒心が緩々と解けていくのを感じた。
「王道デート、楽しかったあー！」と満足げにしている姿に思わず頬が緩む。
「Aちゃん、今日はマジでありがとね」
「わたしも楽しかったです。ありがとうございました」
「また寂しくなった頃に、恋人ごっこしようね」
この人は本当に、ただの「ごっこ遊び」を楽しんでいるだけだ。
じゃあねー、とタクシーに乗り込み去っていく深澤さんを見送り、そこまで危ない人じゃないのかも、と呟いた。
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藤野(プロフ) - chipmxxxさん» コメントありがとうございます（ ; ; ）最後の一言に含みを持たせてしまいました。そのうち短編でその後を書こうかとも思っております…！ (2021年9月21日 15時) (
レス) id: 598697b442 (このIDを非表示/違反報告)
chipmxxx(プロフ) - まず、完結おめでとうございます！！でも、、最後の一言が気になります！！もしや続編！？って思っちゃいました（ ; ; ） (2021年9月20日 22時) (レス) id: 02094a77bb (このIDを非表示/違反報告)
藤野(プロフ) - たぬさん» ありがとうございます…大好きな作品だなんて本当に嬉しいです（ ; ; ）最後はハッピーエンドにしたかったので、そう言っていただけると救われます。これからも頑張りますので、よろしくお願いいたします…！ (2021年9月20日 14時) (レス) id: 598697b442 (このIDを非表示/違反報告)
たぬ - 完結おめでとうございます！とっても大好きな作品でした。青さんとのすれ違いで苦しんだ分ハッピーエンドになれてよかったです！また次作なども楽しみに応援しています。 (2021年9月20日 10時) (レス) id: dc32266bd7 (このIDを非表示/違反報告)
藤野(プロフ) - yucco0818さん» お読みいただきありがとうございました！紫さんの切なさを感じていただけて嬉しいです（ ; ; ）短編集は全体公開としましたので、いつでもお読みいただけます！よろしくお願いします。 (2021年9月19日 8時) (レス) id: 598697b442 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：藤野
| 作成日時：2021年8月31日 15時
