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. キヨside .
「着いたよ。部屋、何階？」
『5階です…501の、部屋です』
何度か車でマンションの前まで送ることはあったが、部屋に行ったことはなかった。エレベーターに乗り込み、すぐにボタンを押す。
部屋の前で着いたよ、と一言言うとゆっくりと扉が開いた。目に涙をいっぱい溜めて、疲れた顔をしている彼女は声を我慢するように泣き出した。
「落ち着いて、ほら。」
そのままうずくまる彼女を玄関の段差に腰を下ろさせ、扉の鍵をかける。
「ごめ、なさい…っ、こわくて、わたし…っ」
俺はどうすればいいか分からず、とりあえず落ち着くまで彼女の背中をさすっていた。結婚式に着ていたグレーのミニドレスがよく似合っているが、髪型は崩れて右足の靴はヒールが折れていた。
「とりあえず、歩ける？部屋上がろう？」
少し落ち着いてきた様子の彼女は小さくうなずいた。立ち上がるのもしんどそうで、見るに耐えなかった俺は申し訳ないと思いながらAさんをお姫様抱っこして持ち上げた。
彼女は弱々しく俺に謝った。首元に回る彼女の腕力はほとんど無いに等しく、苦労しながらもリビングのソファまで運んだ。
「…すみません」
俺が彼女の靴を脱がすと、もう一度弱々しく呟いて、活力のない目で俺を見た。ゾッとするほど綺麗だった。痛々しい彼女の身体と心が、異質な魅力を放っている。こんなことを思ってしまう自分が嫌いだ。
「帰り道、ずっと誰かにつけられてて…」
彼女の横に腰を下ろし、話を聞く。声は消えるように細かった。
「昔、ストーカーに襲われたことがあって…思い出しちゃって、こわくて、早く帰ろうって、思って、でも家までバレちゃったらまた昔みたいに、って思って、それでっ」
ポロポロと溢れる涙は、彼女の過去の痛みの数に思えて、胸が痛かった。あの時、電話に出てればと思うと後悔の念で死んでしまいそうだ。俯くと涙が溢れ落ちた。
「ごめん、ごめん、な」
そう呟くと彼女は泣いている俺の顔を見て、服の袖を掴んだ。さっきとは違う、強い力で掴まれた袖を見て、考えなしに俺は彼女を抱き寄せた。
彼女の身体が震えているのがわかる。一瞬怯まれたが俺の肩に頭を抑えて、Aさんは大声で泣いていた。泣いて泣いて、泣き疲れた彼女が寝息を立て始めた頃には深夜3時を回っていた。
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作者名：ぴより | 作成日時：2019年10月20日 7時
